──最初に、アンと私の結成の経緯を教えてください。

「コロナ禍の2020年に、普段は新宿red clothで働いている人が、ライブハウスが閉まったからと一時的に、僕が働いていたコールセンターに働きに来たんです。“ライブハウスで働いてるバンドマンが入ってきたらしい”みたいな話が僕の耳にも入ってきて。僕はもともと毛皮のマリーズが好きだったので、その人に“毛皮のマリーズは昔こうだった”とか“あの人は飲んだらこうなる”とかそういう話を聞かせてもらうようになって。そこから毎日のようにその人と遊んで、そのままバイト行ってみたいなことを繰り返していたんです。そしたらある日、その人から“バンド始めてみなよ”と言われて。それで始めたのがきっかけです」

──それまで“バンドをやってみたいな”という気持ちはあったのでしょうか?

「いや、全然なかったです。でも男の子って、中学生くらいのときにギターを買ったりするじゃないですか。僕もそれでギターを持っていて、ぎこちないけどゆずを1曲弾けるかなみたいなそんな感じで。言われたときは他に何もやってなかったし、“じゃ、やってみようかな”と思いました」

──毛皮のマリーズが好きだったとのことですが、バンドサウンドに触れ始めたのはいつ頃ですか?

「小学生のとき。RADWIMPSの「狭心症」のミュージックビデオがきっかけです。部屋で見ていたんですが、そのMVが超怖いビデオで、一人で見るのが怖くてリビングでお母さんと一緒に見たんです。そしたらお母さんが“こんなの見るんじゃない!”、“なんてものを見つけたんだ”みたいな感じになって。たぶん、そこからハマっていたんですよね、アンダーグラウンドのものに。みんなが知らない刺激的なものの面白さみたいな」

──しかも小学生の頃だとお母さんに“ダメ”と言われるようなものは余計見たくなる。

「そうなんですよ。お母さんは嵐の大ファンで。親父はエレファントカシマシとかRIP SLYMEとか、いわゆるポッップスが好きで、車の中でもそういうものばかり聴いていたから、「狭心症」はすごく刺激的でした。RADWIMPSはそのあと「マニフェスト」もMVから好きになったのですが、それは最後に野田洋次郎が撃たれるというもので。それも同じようにお母さんに見せたら怒られました(笑)。でも中学に入ると、RADWIMPSはもう当たり前にみんな知っていて。“RADWIMPSONE OK ROCKだったらどっち好き?”っていう会話が飛び交うくらいで。そこで“俺の方がもっと前から知ってたし”とか言うのも悔しくて、もっとみんなが知らない音楽を探しに行ったんです。そこで好きになったのが毛皮のマリーズでした」

──毛皮のマリーズのどういったところに惹かれましたか?

「見た目ですね。当時、北海道の釧路市という田舎に住んでいたので、マリーズのCDも売っていないしタワレコももちろんなくて、あんな大人がいるなんて思っていなくて。だから見ちゃいけないようなものを見ているような感覚になりました」

──初めて「狭心症」のMVを見たときのような?

「そうです、そうです。スリリングでドキドキさせられる。“東京にはこんな人がいるんだ”、“こういう世界が広がっているんだ”って」

──刺激的なところに惹かれて聴き始めたわけですが、音楽としてはどういったところに魅力を感じていましたか?

「歌詞です。そういう刺激的な歌詞のバンドがたぶん好きだったんですよね。RADWIMPSでハマったのは「狭心症」と「マニフェスト」だし、毛皮のマリーズでも最初に出会った曲が「ジャーニー」で。嵐には“死ぬ”っていうワードは出てこないから(笑)」

──確かにそうですね(笑)。

──そんな二口さんは“バンド始めてみたら?”と言われたことをきっかけに、2020年にアンと私を結成するわけですが、結成当初、“こんなバンドになりたい”とか“こんなことを歌いたい”という理想像のようなものはあったのでしょうか?

「いや、なかったです(笑)」

──そもそも曲を作ったことは?

「それもなかったです。何もなかった(笑)」

──では曲はどのように作っていったのでしょう?

「ギターはさわれたので、好きな曲のコード進行をちょっと変えて。そのセンスがあったんですよ。逸脱しないというか、変にならないような変え方ができたんです。今思うと、全然変なんですけど、なんか成立できちゃって」

──歌詞はいかがですか?“こういうことを歌いたい”とか。

「いや、それもなくて。昔好きだったけど振られた人がいたので、最初の頃はその人に対しての曲をずっと作っていました」

──恋愛が一番心が動く?

「わかりやすかったからかな。僕、友達もあんまりいないし、お金もないし、“めちゃくちゃロック大好き!”という人でもなくて。本当に女と酒ぐらいしかなかった。だからとりあえず目の前にあるものでという感じで書き始めました」

──今ではほとんどの楽曲が、恋愛をするなかでの嫉妬や惨めな想いをつづったものですが、恋愛の楽曲を作ることに手応えや何かのヒントを感じたんでしょうか?

「うーん、手応えはあんまりないかもしれないですね。恋愛以外のことを歌う曲を作ろうと思ったりもするんですけど…確かに作ったことないかもしれないです」

──今でも、恋愛の曲にこだわるつもりはない。

「はい。ほかの曲も書けたら作るかもしれないです」

──アンと私の楽曲は、歌詞がリアルなことも支持を得ている一つの理由だと思いますが、歌詞は実体験ですか?

「いや、実体験は入っていないですね。ところどころは入っていますけど、妄想がほとんどです。逆に、女性目線で歌っているときは自分のことを歌っていることが多いです。隠せるから。“俺はこう思っている”というのを、そのまま言うのが恥ずかしいんです。でも女性が言っているみたいにすると僕のことも言えるんですよ、バレてないと思っているんで。…って、ここで言ったらバレちゃうけど(笑)。男性目線のときのほうが全然僕じゃないです」

──妄想のインスピレーションの元になっているものは何かあるのでしょうか?例えば漫画だったり映画だったり。

「ないですね。普通に生活です。僕がだらしないんで、周りの人も、そういう人たちばっかり。そういう世界の話です。だからそういう人には刺さるのかなと思っています」

──以前、インタビューで“正直、誰かを僕らの音楽で救いたいとか今はあんまり思ってないです”と答えていらっしゃるのを拝見しましたが、その気持ちは今も変わらないですか?

「はい」

──自分たちの曲を聴いたりライブを見て“こういう気持ちになってほしい”という願望もない?

「なくなりましたね。昔は“こう思ってほしい”とか思いながらやっていたんですけど、それは無理な話で。今は、“俺はこう思うけど、そっちはどうなの?”っていう気持ちでやっています。その答えは別に、俺と違ってもいいよねって。そう思ってないと続けられないし」

──では今は“自分のやりたいことをやる”、“自分の伝えたいことを音楽で示す”というのがスタンス?

「はい、そうです」

──昨年は6月に配信リリースした「Tinder」がTikTokをはじめ大きな話題を集めました。

「いやいや。あれ、大きいんですか?」

──大きいと思いますよ。ご自身ではあまり実感がない?

「なんか…“小バズ”みたいな(笑)。もちろん、ありがたいことですけど」

──そんな「Tinder」ができた背景を、改めて教えてください。

カッコつけずに本当のこと言うと…よく対バンさせてもらうJIGDRESSというバンドがいるんですが、そのバンドの「Goat」という曲がすごく好きで。“この曲みたいな曲を作りたいな”と思って、譜割とかノリ感、キーとかコード進行が一緒の曲を遊びで作っていたんです。だから、聴いてもらうと「Tinder」と「Goat」ってめっちゃ似ているんですよ。それくらいふざけて作った曲だったから、もともとはリリースする予定もなくて。でもEPのリリース前に何か出したほうがいいという話になって、“とりあえず、これ出しておくか”とつなぎみたいな感じで出した曲なので…ありがとうございますって感じです(笑)。でもそれ以外の曲は毎回“絶対この曲だ!”と思って出しては“あ、またダメか…”となっていたので、ちょっと複雑でもあります」

──そんな「Tinder」も収録された1st Full Album『FALL DAWN 2』がリリースされます。『FALL DAWN 2』は1st Full Albumかつ、アンと私にとって初のCDリリースですが、こんな作品にしたいという構想はあったのでしょうか?

「いや、全然なくて。当初は“こんなことやりたい”とかいろいろあったんですけど、現実的に時間もないし、結局蓋を開けてみたらほとんどの今までの曲で。自己紹介みたいなものになったかな?と思います」

──ここからは収録曲について伺っていきます。本作では初期の人気曲「せめて音楽だけはやめないようにね」「手首と太腿」の2曲が新録されています。初期曲のうち、この2曲を選曲したのはどうしてだったのでしょうか?

「ライブでよくやっている曲の中で、この2曲はリリースした当時と、今ライブで表現しているものが、曲は同じですけど、テンポもアレンジも何から何まで全く違う形になっていて。ほかの曲は案外そのままなんです。だからめちゃくちゃ変わっている2曲をライブでやっている形で録り直しました」

──新録するうえで意識したことはありますか?

「あまりないかもしんないですね。いつも通り。ライブで演奏するように演奏しました」

──「一生忘れられない恋をした」は、2022年11月に配信リリースされた楽曲ですが、この曲だけ他の曲とちょっと雰囲気が違うような気がしていて。ほかの曲は自分の内側にこもるような視点なのですが、この曲だけ視点が外側に向いているなと感じたのですが、そこは意図したところなのでしょうか?

「どうだろう?でも「一生忘れられない恋をした」は、当てようとした…というか。すごく頑張って作ったんです。だから結構考えて作ったかなとは思います」

──当てようと思って作ることもあるんですか?

「はい。むしろいつも狙っています。狙いまくってます」

──狙う曲作りでは、どういうところからインスピレーションやアイデアを持ってくることが多いですか?

「全く別のジャンルから持ってくることが多い気がしますね。歌詞は別ですけど、メロディとか歌詞の乗せ方は、例えばヒップホップだったりK-POPだったり。今作の収録曲だったら「Human Lost」は“ORANGE RANGEみたいな曲を作ろうぜ”って言って作り始めました。結果的には全然違うんですけど(笑)」

──二口さんにとって、曲作りは、歌いたいことがあって、それを元に作るというよりは、どこか実験的なところがあるのでしょうか?

「言いたいことはもちろんあって。それは歌詞で書いているんですけど、オケは確かに、やりたいことのイメージを持って、メンバーに渡すようにはしていますね。そこからどうなるかは別として。「ABC」もよく“何でABCなんですか?”と聞かれるんですが、この曲はAcid Black Cherryみたいな曲を作りたいというところから始まった曲で。Acid Black Cherryの名前から「ABC」と付けただけなんです」

──恋愛におけるABCが由来なのかと思っていました。

「それもよく言われるんですが、Acid Black Cherryです(笑)。でもまぁタイトルは適当なことが多いかも…」

──その自由な発想は、二口さんがご両親の影響で嵐をはじめとするJ-POPを聴いて育ったことが生きているような気もしますね。

「そう言ってもらえるのはうれしいです。今でもJ-POPは大好きです」

──そして1曲目「FALL DOWN」は本作の書き下ろし曲。どのような思いで作ったのか教えてください。

「去年1年間、僕たちの中でもポップな曲が評価されたので、この曲はたぶん良い評価はされないだろうなと思うんですけど、“アルバムだし、いろいろできるな”と思って楽しんで作りました」

──先ほど、曲は狙って作ることが多いと言っていましたが、この曲はそういうことを考えずに自由に作った?

「そうですね。作っていて一番楽しかったかもしれないです。この曲、オケ作りに僕は関わっていなくて」

──えっ、そういうこともあるんですか?

「今まではなかったんですけど。アンと私の曲作りって、僕が“こういうコードで、こういうビートで作りたい”というのを弾き語りで伝えて、そのあとスタジオで3人にあわせてもらって、そこに歌詞を乗っけていくという形なんですけど、レコーディング2週間前の段階でまだ曲がなくて。いつもの制作スピードでは絶対に無理だったので、イメージだけ伝えてあとは作ってもらいました。僕が入らないほうが早かったですね(笑)」

──そうだったんですね。では、上がってきたオケを聴いたときはどう思いましたか?

「いいなと思いました。“ちょっと違う”みたいなことを言ってる時間がなかったので、なんかもうみんな“やったれやったれ!”っていう雰囲気で。サポートギターの人も自由に楽しんでやっている感じがしました」

──1stアルバムが完成しましたが、どのようなアルバムになったと思いますか?

「“僕たち、アンと私って言います!”というようなアルバムだと思います。聴いて好きになってもらえたらうれしいですけど、これを聴いた人全員が好きになってくれるわけではないと思う。でもそういう人にとっても、僕がRADWIMPSの「狭心症」を知ったときみたいに“こんなものもあるんだ”くらいに思ってもらえたらうれしいです」

──とにかく聴いてもらって、そこからの判断はお任せと。

「はい。そうですね」

──ご自身のお手応えとしてはいかがですか?

「うーん、そうですね…良くも悪くもすごくリアルなものになった気がしています。ほかのアーティストと比べたら予算だったり時間だったりは少ないわけじゃないですか。そういう現状がすごく出ている作品だと思うので、数年後振り返ったときに“あんなこともあったね”って思えたらいいんじゃないかなと思います」

──ものすごく冷静ですね。

「そうですか?いや、もちろんアルバムを作っているときはずっとこればっかり聴いていたし、出来上がったときはうれしかったです。でも、今はもう次の作品を作っているので、気持ちがそっちに行っちゃってて(笑)。今作っているやつのほうが何倍もいいと思っているので(笑)」

──次に作品も楽しみにしておきます。最後に、バンドの今後の展望を教えてください。

「狭いところでずっとやってきたので、2024年は、こんな世には出ちゃいけないようなこんなバンドが、世に出て行ってみる、ということをやってみたいです」

──世には出ちゃいけないようなバンドではないんじゃないですかね(笑)。

「いや、危ないじゃないですか。歌詞でも言っちゃいけないこととかギリギリのこといっぱい歌っているんで。だからリリースするにもレーベルにはすごく苦労かけていると思うんですよ。それはすごく申し訳ないんですけど、この状態で世の中に出て行ったときに、どうなるのか。どうなっても面白んじゃないかなと思うので、見てみたいですね」

(おわり)

取材・文/小林千絵

RELEASE INFORMATION

アンと私『FALL DOWN 2』

2024年110日(水)発売
RCSP-0142/2,750円(税込)
redrec / sputniklab inc.

アンと私『FALL DOWN 2』

LIVE INFORMATION

FALL DOWN TOUR DELUXE 2024

2 MAN LIVE
2/7(水)新栄 RAD SEVEN with ジュウ ※SOLD OUT
2/10(土)下北沢 Daisy Bar with セカンドバッカー ※SOLD OUT
2/12(月)寺田町 Fireloop with JIGDRESS ※SOLD OUT
2/22(木)仙台 FLYING SON with ザ・シスターズハイ
2/26(月)福岡 Queblick with the twenties ※SOLD OUT

単独公演
3/3(日)名古屋 R.A.D OPEN18:00 / START 19:00
3/4(月)大阪 Pangea OPEN 18:00 / START 19:00
3/13(水)渋谷 WWW OPEN 18:00 / START 19:00

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