ジャズ・ピアニストには、バド・パウエルやビル・エヴァンス、そしてオスカー・ピーターソンのように、ピアノ・トリオ編成で存分にピアノ・ソロを披露するタイプと、セロニアス・モンクやハービー・ハンコックのように、ホーン奏者をフロントに立たせ、バンド・サウンドとして自分の音楽を提示するタイプに分かれます。

今回ご紹介するマル・ウォルドロンはどちらかというと後者、つまりバンド・サウンド型ということになるのですが、モンクやハンコックほどの強いサウンド・カラーはありません。それは、マルが多くのアルバムを吹き込んだ’50年代プレスティッジ時代、彼はプレスティッジ・レーベルの専属ピアニストのような立場にいたからです。この会社は、同時代のブルーノートのように明確な企画性が無く、とりあえずミュージシャンを集めてセッションを行いアルバム化してしまうような作品もかなりある。そうした場合、マルが狩り出されるというわけです。

こう言ってしまうと何か「いいかげん」な作品という印象を持たれるかも知れませんが、時代が良かった。つまり「ハード・バップ絶頂期」のこの時期、とにかくミュージシャンを集めて演奏させれば、「それなり」に名演が生まれてしまったのです。また、「企画性の無さ」が良い方向に作用するという面もあったのです。それは「ジャズマンの日常性」が自然に浮き彫りになる。

アルバム『マル / 2』(Prestige)などはその典型で、《フロム・ジス・モーメント・オン》のジョン・コルトレーンのソロを聴けば、そのことがおわかりになると思います。そしてコルトレーンの次に登場するサヒブ・シハブのアルト・ソロだって、素晴らしいもの。彼のように、あまり知名度の高くないミュージシャンの優れた面がちゃんと記録されているのです。彼らのハード・バップ・セッションが、最後に登場するマルの個性的なソロによって「マルの作品」として形を与えられる。そして2曲目に収録された《J.M.’s・ドリーム・ドル》の哀愁を帯びたジャッキー・マクリーンのソロがまたいいのですね。コルトレーン・ファンもマクリーン・ファンも満足するハード・バップ名盤がこれなのです。

2枚目のアルバム『マル / 1』(Prestige)でも同じことが言えて、こちらはアイドリース・シュリーマンのトランペットにジジ・グライスのアルト・サックスと、より人選は地味ですが、お聴きなればおわかりのように演奏の充実感は同格です。そして3枚目のアルバムが素晴らしい。エリック・ドルフィーの登場です。ドルフィーとチャールス・ミンガス・バンドで同じ釜の飯を食べた同僚、ブッカー・アーヴィンが参加した『ザ・クエスト』(New Jazz)は、ドルフィー・ファン必聴。ドルフィーの名演『ファイヴ・スポットVol.1』(Prestige)の11日後に録音されたこのアルバムには、ファイヴ・スポットでも演奏されたマルの名曲《ファイアー・ワルツ》が収録されています。アーヴィンの熱演も素晴らしい。

そして極め付き名盤が『レフト・アローン』(Bethlehem)です。晩年のビリー・ホリディの伴奏者を務めたマルが、彼女の死を悼んだ追悼盤。ジャッキー・マクリーンが切々と歌い上げるタイトル曲は絶品。マルがパウエル派ピアニストとしてスタートしたことを思い起こさせるのが、ピアノ・トリオによる名盤『マル / 4』(New Jazz)に収録された《ゲット・ハッピー》です。最後に収録したソロによる珍しいアルバム『オール・アローン』(Globe)は、マルのちょっとセンチメンタルで叙情的な側面が現れた隠れ名盤です。

USEN音楽配信サービス 「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」

東京・四谷にある老舗ジャズ喫茶いーぐるのスピーカーから流れる音をそのままに、店主でありジャズ評論家としても著名な後藤雅洋自身が選ぶ硬派なジャズをお届けしているUSENの音楽配信サービス「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」。毎夜22:00~24:00のコーナー「ジャズ喫茶いーぐるのジャズ入門」は、ビギナーからマニアまでが楽しめるテーマ設定でジャズの魅力をお届けしている。

USEN音楽配信サービス ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)

関連リンク

一覧へ戻る