ブランドの垣根を越え、「目利き」たちがキュレーション
ベイクルーズは「“衣食住美”を通じて人生の楽しみを提供」することを企業理念とし、ファッションアパレルはもとより、ライフスタイル全般へと事業領域を広げてきた。2021年には自社ブランドを集積した大型グルーピングストアとして「BAYCREW’S STORE(ベイクルーズストア)」を出店し、新たなチャレンジを進めている。ベイクルーズストアとは異なるコンセプトで大型業態の可能性を追求したのが「セレクト バイ ベイクルーズ」だ。
約2600㎡の2フロアにブランドのインショップを集積するのではなく、ファッションやアート、カルチャーなど様々な分野で活躍するスペシャリストたちをキュレーターとして立て、その経験や知識、感性を生かしたセレクションでゾーンを構成。2フロア全体の設計はデザイナーのENZO氏が手掛け、各ゾーンを壁で隔てない空間デザインによって有機的に一体化している。これにより、来店客はゾーンからゾーンへと、クルーズする感覚で巡ることができる。キュレーターには「Deuxième Classe(ドゥーズィエム クラス)」や「JOURNAL STANDARD(ジャーナル スタンダード)」、「CITYSHOP(シティショップ)」、「ÉDIFICE(エディフィス)」など同社を代表するブランドのコンセプター、社外からはアートディレクターのおおうちおさむ氏、フリーランスクリエイティブディレクターの長尾悦美氏、上野のスニーカー専門店「mita sneakers(ミタスニーカーズ)」のクリエイティブディレクター国井栄之氏らを起用した。「人」の目利きで集めたプロダクトを各ゾーンに編集し、セレクトショップ本来の価値を前面に打ち出す。
売り場は虎ノ門ヒルズ ステーションタワーの2階と3階にあり、メインフロアの3階にはレセプションを設け、来店客の案内などに対応する。その時期に提案したいアイテムを集積し、旬のインデックスのような役割も持たせている。
3階はウィメンズウェアの「セレクト-A」とメンズウェアの「セレクト-B」を核として、ウィメンズのビンテージデニムとアクセサリーの「THENIME(ザニーム)」、スニーカーの「Herringbone Footwear(ヘリンボーン フットウェア)」、アイウェアの「EYETHINK(アイシンク)」、カスタム自転車の「Circles Tokyo(サークルズ トウキョウ)」、アートギャラリーの「art cruise gallery by Baycrew’s(アートクルーズギャラリー バイ ベイクルーズ)」、アートブックと雑貨の「TITLE:(タイトル)」で構成している。2階はギフトショップの「THE STAND fool so good(s)(ザ スタンド フールソーグッズ)」とブラッスリー&カフェの「RITUEL(リチュエル)」、「MUSE de Deuxième Classe(ミューズ ドゥ ドゥーズィエムクラス)」があり、セレクトショップ「NUBIAN(ヌビアン)」も出店している。
キュレーターが「好きなものだけ」をセレクト
セレクト-Aは、ドゥーズィエムクラスやジャーナル スタンダード、シティショップなど様々なブランドのコンセプターとバイヤーが「好きなものだけ」をセレクトし、来店客が「自分だけのスタイル」を探す楽しみを提案する。ベイクルーズグループの時計ブランド「HIROB(ヒロブ)」からセレクトした「ROLEX(ロレックス)」や「HERMÈS(エルメス)」、「Cartier(カルティエ)」などのビンテージウォッチも豊富に揃い、思わずじっと覗き込んでしまう。セレクト-Aの空間に特別感を空与えているのは、売り場の中心に設えられた八角形のガラス張りの空間。中に入るとマジックミラーになっていることに気づく。クローゼットにいるような落ち着いた気分になれる空間が意識されている。
セレクト-Bは、ラックにメンズウェアがずらり。加えて驚かされるのは、隣接するフットウェアストアのヘリンボーンからセレクト-Bの端まで、15m超に及ぶ壁画だ。舞台美術の職人が手描きした上にコラージュを施し、山が迫ってくるようなインパクトを生んだ。セレクト バイ ベイクルーズの空間デザインに際して、最初に閃いたのが生命の源である自然、その地形が形作る美しさ、何層にも重ねられた歴史などを有するグランドキャニオンだったという。壁画の中にはフィッティングルームへの扉が潜んでいたり、山をかたどった鏡がコラージュされていたりと、遊び心を利かせた仕掛けがワクワク感を生む。品揃えはジャーナル スタンダードとエディフィスからセレクトした「JIL SANDER(ジルサンダー)」や「MAISON MARGIELA(メゾン マルジェラ)」、「SEVEN BY SEVEN(セブンバイセブン)」、「The DUFFER N NEPHEWS(ザ ダッファー アンド ネフューズ)」など充実し、雑貨も含めお気に入りを探す楽しさを盛り上げる。ニューヨークのブランド「NOAH(ノア)」もスペースを構える。
既存ブランドでは、ベイクルーズが19年から運営するアイウェア専門店「アイシンク」が出店している。欧米のハイブランドを軸に世界中からセレクトしたアイテムと、一部別注アイテムも取り扱う。「スタンダードになり得るプロダクトをタイムリーに提案」することをテーマに常時500~1000本を揃え、オープン以降はジェンダーや年齢層を問わず幅広い客層を集めている。スタンダードなデザインをメインにしているので、新しい眼鏡を求める人も、様々な売り場を巡って服とのコーディネートでアイウェアを探したい人も、似合うアイテムと出会えるだろう。アイシンクは新宿、渋谷、名古屋に次ぐ実店舗だが、英国の老舗ブランド「SAVILEROW(サヴィルロウ)」を扱っているのはセレクト バイ ベイクルーズ店のみ。同ブランドは職人が1本1本、手作りするカスタムオーダーが特徴で、ジョン・レノンやエリック・クラプトン、ショーン・コネリーらが愛用していた丸眼鏡「Panto(パント)」は特に有名だ。このパントとウェリントン、ラウンドの定番3型を店舗限定で販売している。MDでは今後、夏に向けてサングラスを充実させていく。
フットウェア、自転車、ビンテージデニムで新たな切り口
セレクト-Bに隣接するヘリンボーン フットウェアは、ベイクルーズ初のフットウェア業態。世界にファンを持つ上野のスニーカー専門店、ミタスニーカーズの国井栄之氏が「ジェンダーニュートラル」をコンセプトにディレクションした。ヘリンボーンは「ニシンの骨」を意味し、V字が一方向に連なった模様のこと。アウトソールのパターンとして靴の製造年代やブランドを問わず使用され、洋服の柄としても男女の隔てなく着用されることから、ボーダーレスを意図してショップ名に冠した。売り場は金網やガードレール、マンホール、鉄パイプを組んだ棚什器、金属製のベンチなどストリート×インダストリアルな空間。壁面の自然の絵とのコントラストが新鮮だ。スニーカーはユニセックス提案を基本とし、ディスプレイも男女で分けていない。常時15ブランドほどを揃え、サイズは28まで展開する(一部29にも対応)。いずれのブランドも好評だが、この数年の傾向として「Mizuno(ミズノ)」や「ASICS(アシックス)」などのジャパンブランドが人気という。身体構造に適した機能美が受けている。
セレクト-Bの前には、自転車専門店「Circles Tokyo(サークルズ トーキョー)」。サークルズは名古屋を拠点とし、アメリカ製のハンドメイドバイクを軸に世界中からセレクトした自転車やアクセサリー、アパレル、自転車ギアの自社ブランド「SimWorks(シムワークス)」など、マニアックな品揃えとパーソナルなサービスで自転車好きに熱心なファンを持つ。東京店では名古屋でしか見られなかった全ラインナップを揃え、カスタマイズやメンテナンスにも対応し、自転車のあるライフスタイルの豊かさをサポートしていく。
クリエイティブディレクターの長尾悦美氏がディレクションするウィメンズのデニムショップ「ザニーム」も、セレクト バイ ベイクルーズで初の実店舗がオープン。ビンテージデニムは原宿の老舗古着店「BerBerJin(ベルベルジン)」のディレクター藤原裕氏を監修に迎え、「Levi’s®(リーバイス)」の“501®”を軸に取り揃え、「TAAK(ターク)」や「TANAKA(タナカ)」、「INPERFECT DENIM(インパーフェクト デニム)」、「CHIKA KISADA(チカ キサダ)」など厳選したブランドのデニムアイテムも交えながら構成されており、圧倒的な品揃えを見せる。ビンテージのデニムパンツはサイズ展開も充実し、サイズ順に陳列されているので探しやすいのもうれしい。「CFCL(シーエフシーエル)」や「KATHARINE HAMNETT(キャサリン ハムネット)」、「pillings(ピリングス)」などのアパレルアイテムも揃え、ビンテージとコンテンポラリーのミックススタイルを提案していく。
こだわりを凝縮した別注アイテムも展開する。ニューヨークで活躍するペインティングアーティストによるブランド「GESHO STUDIO(ジェショースタジオ)」がザニームのために古着のジャケットをセレクトし、パッチワークや刺繍、ペイントなどのアートワークを施したジャケットはスペシャル感あふれる一点物。ユニセックスなデニムスタイルを提案するタナカ、藤原氏がディレクションするデニムブランド「New Manual(ニュー マニュアル)」、そしてザニームのトリプルコラボによるジャンプスーツは、ワークウェアのラフなビンテージ感を残しつつ、胸元をきれいに見せるノーカラーや深めの袖口の開きなどのディテールでウィメンズならではの着こなしを提案している。ザニームとニューマニュアルがコラボしたデニムジャケットも揃えた。40年代初頭のモデルをベースに、ニューマニュアルの厚手の生地を使い、ドロップショルダーで袖は太く、身頃は寸胴に仕上げ、背面にはニューマニュアルのアイコン「T-BACK」のディテールを施した。
クロスジャンルの視点でアートとファッションをつなぐ
「アートとファッションが交差する場」として、初めて取り組んだのが「アートクルーズギャラリー バイ ベイクルーズ」だ。nano/nano graphicsのおおうちおさむ氏がクリエイティブディレクターを務め、古今東西、有形無形を問わず、クロスジャンルな視点によるキュレーションで普遍的な美しさを秘めた作品・作家を取り上げていく。およそ2カ月ごとを目途に企画展を開催し、その内容に応じて展示空間も展示方法も一新し、鑑賞者が自由に観て回れる環境を生んでいく。
第1弾は江戸後期の浮世絵画家、葛飾北斎にフィーチャー。あえて大作ではなく、北斎が弟子に技術を伝えるために描き、江戸時代のベストセラーとなった全15編の絵手本『北斎漫画』を取り上げた。北斎は周知の通り世界の巨匠と言われる画家たちに影響を与え、『北斎漫画』は現代の漫画のルーツとされる。作品は『北斎漫画』の世界一の蒐集家である東洋古美術専門の美術商「浦上蒼穹堂」の浦上満氏が蒐集してきたコレクションから80点を展示した。「PLAY w/ HOKUSAI(プレイ ウィズ ホクサイ)」として開催し、展示空間はART&REASONの佐々木真純氏がディレクションした。期間中はアートコレクターだけでなく、ファッションが好きでセレクト バイ ベイクルーズに来店した人たちなども訪れ、作品の買い上げも多くあった。
いわゆるミュージアムグッズにも凝る。ベイクルーズの生産背景を生かし、展覧会ごとにストーリー性のあるアイテムを作り込み、開催期間限定で販売する。「PLAY w/ HOKUSAI」では、日本のファッションブランド「DAIRIKU(ダイリク)」とコラボ。展覧会のメインビジュアルである北斎漫画の「奔虎」を刺繍で表現したリバーシブルスカジャンを製作した。北斎は日本から世界の画家に影響を与え、スカジャンは日本で発祥し、世界で人気を高めているというストーリーを重ねた。
第2回展示は「FASHION Faux PARR(ファッション フォー パー)」。英国のドキュメンタリーフォトグラファーMartin Parr(マーティン・パー)のファッションフォトグラフィーにフォーカスする。展覧会名は新作写真集のタイトルで、パーの写真展はアジア圏で初となる。ファッションを概念や現象として捉え表現したフォト作品を通して、ファッションを再考するきっかけを提示する。併せて、作品をプリントしたTシャツも販売する。
ギャラリーの向かいにも、気になるアートな空間が広がっている。恵比寿の書店「POST(ポスト)」とアートコレクティブ「SKIN(スキン)」がコラボし、キュレーションした書籍やプロダクトを提案する。本のタイトルのようにテーマとなる言葉を設定することから、「title:(タイトル)」とネーミングされた。初回は「歪美(いびつび)」をテーマに、自然、生命、時間の経過で生み出される、歪な美しさにフォーカス。盆栽や雑貨、古道具などと、テーマと連動したアートブックなどが並ぶ。現在は、実在する人々からサンプリングした3名の人物を擁立し、彼らの日常がパーソナライズされた雑貨や愛用品を紹介する新たなテーマ「Life catalogue」が4月26日から5月23日まで開催中だ。
家に見立てた「ミューズ」、こだわりを集めた「ザ スタンド」
2階のミューズ ドゥ ドゥーズィエムクラスは、30代前後の女性を対象とした「ドゥーズィエムクラス」から派生し、より大人の女性に向けて、より遊び心のあるファッションを提案しているブランド。20年秋シーズンから本格展開した。ブランドコンセプトにはこうある――「気ままに好きなものを集めた部屋に遊びに来ませんか?プライベートな空間で、自由に宝探しをしてください。私たちは、心をこめてそのお手伝いをします。遊びごころがあるチャーミングな女性をMUSEに洒落の効いたファッションを楽しむ大人の女性へ、素敵な大人が集まる居心地の良い空間づくりとおもてなしをいたします」。セレクト・バイ・ベイクルーズの店舗はブランドとして最大規模のスペースを贅沢に使い、コンセプトに込めた思いを体現した。
空間デザインのコンセプトは「友人の家に遊びに行く」。大きな木製の玄関ドアを開けると家に見立てた空間が広がり、ウォークインクローゼット、リビング、キッチン、ベッドルームへと続く。ウォークインクローゼットにはシーズンコレクションがクローゼット仕様のラックにずらりと並ぶ。ゆったりとしたスペースで接客を受けながら服選びを楽しめる。ラグジュアリーなベッドを配したベッドルーム、クラシカルなバスタブを設えたフィッティングスペース、キッチンに見立てたレジカウンターなど、各空間にブランドらしい遊び心が利いている。
ミューズの玄関は、ブラッスリー&カフェ「リチュエル」に通じている。朝8時から営業しており、モーニング、ランチ、アフタヌーンティー、ディナーを提供している。リチュエルの隣には「ザ スタンド フールソーグッズ」が展開する。これも新業態となるホットドッグスタンドを併設したジャンルレスなギフトショップだ。間口の広いコンパクトな売り場には、MLB(メジャーリーグベースボール)のキャップやグッズ、「Marshall(マーシャル)」のアンプ、「THRASHER(スラッシャー)」の木桶など和の銭湯グッズ、さらに「ADADA(アダダ)」のぬいぐるみ、フレグランス、盆栽……。カオス感たっぷりのMDだが、よく見るとこだわりが浮かび上がってくる。MLBのベースボールキャップは「NEW ERA®(ニューエラ)」に別注し、シルクやカシミヤ、フェイクスエード「アルカンターラ」で作ったものもある。ワールドシリーズの優勝チームが製作するチャンピオンリングをモチーフにしたアクセサリーでは14金を使っていたりする。MLBのキャップなどは自動販売機で買えたりもする。ザ スタンドの視点でブランドやプロダクトのポップアップも随時企画し、展開していく。自分へのご褒美に、誰かへのプレゼントに、きっと何かを発見できる場となるだろう。
ゾーンごとに発見があり、思わずクルーズしてしまう。ファッションやアート、カルチャーなどが融合したセレクトショップが連なり、セレクト バイ ベイクルーズという「街」を形成しているかのよう。虎ノ門エリアは昔も今もビジネス街としての色が濃いだけに、出掛けてみたくなる「街」が一つ誕生したイメージだ。オープン後は界隈のビジネスパーソンや上階のレジデンスに暮らす人たち、近隣の高級ホテルに宿泊する観光客など様々な客層が訪れる。店として、街として、国内外から人が集まるデスティネーションへのチャレンジが始まった。
写真/遠藤純、ベイクルーズ提供
取材・文/久保雅裕
関連リンク
久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディターウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。