自分の興味や好みを掘っていく感覚を体感してほしい
代々木公園駅から徒歩で数分、井の頭通りを少し上ったところにある4階建てのビル。本当にここかなと不安になり、ビルの壁面にある小さなプレートを覗き込む。あった、ここだ、「JOHN MASON SMITH/JANE SMITH STORE」。多くの人がそんな辿り着き方をするのではないだろうか。細い階段を昇って、2階のガラス扉と立て看板にブランド名が記されているのを見て、間違いないと確信する。「ウェブも浸透した今の時代、発信力さえあれば、どこの街の、どこのビルの、どこのフロアでもいいんじゃないかと。若い頃、僕が通っていた店も雑居ビルの中にあったりして、階段を昇るドキドキ感がありました。そんな感覚を思い出して、ここに決めました」とデザイナーの吉田雄二は話す。
ちょっと謎めいた場所にある店というイメージは、このブランドの出自と呼応する。「ジョン メイソン スミス」とは架空の左利きの男性で、ブランドのシグネチャーモデル。ジョン スミスは英語圏でごく一般的な男性の人名で、偽名の代名詞としても使われる。「固有名詞のような、代名詞のような。自分のものであり、みんなのものでもあるような。そんな洋服を作りたいと思ったんです」。自身が左利きであることから、左利きの架空の男性に向けたブランドとして2013年にスタートした。その後、吉田自身の結婚を機にウィメンズラインを立ち上げ、ジョン メイソン スミスのパートナーとして「ジェーン スミス」が加わった。ジョン メイソン スミス/ジェーン スミス ストアは2人のライフスタイル、つまり世界観が体現された空間と言えるだろう。
吉田はセレクトショップの出身で、バイイングや企画などに携わってきた。独立してブランドを立ち上げると、そのコレクションはセレクトショップを中心にファンを獲得し、10年間にわたり卸ビジネスを展開してきた。ただ、セレクトショップの店頭に並ぶのはどうしてもコレクションの一部になる。顧客からは「店頭には出ていない商品を探している」「店頭で完売してしまった商品が欲しい」「ECにあるこの商品はどこで試着できるのか」といった声が寄せられていた。「自分たちが思い描いている世界観がどこまで伝わっているのかという思いがありました。ブランドが熟してきて、その奥行きを伝えていくには、店を作ることが一番ちょうどいい取り組みだと思った」。その店の在り方として、「たくさんの人に商品を売るのではなく、コアなお客様に、コアな場所で、自分の興味や好みを掘っていくような感覚を体感してもらえる場」をイメージし、自分たちらしい発信の拠点を作った。
内装を手掛けたのは、「LEMAIRE(ルメール)」の日本初の旗艦店などの空間デザインで知られるダイケイミルズ。「天井を剥き出しにすることと鏡面のような床のイメージは最初からあって、こだわったポイントです。他はダイケイミルズに提案していただき、什器類は全て可動式にしました。コレクションに応じてレイアウトを変えることができます。また設えは作るときにも壊すときにもコスト、時間がかかり、環境問題にも関わります。できる限りロスを無くす、サステイナブルなダイケイミルズの考え方に共感して店作りに取り組みました」という。
照明にもこだわった。天井には細く長いLEDの4本の光が梁を突き抜けるように走る。エントランスや試着室、ラック下などには近代的なデザインのスタンド型照明が配され、これらは吉田の事務所や自宅にあったコレクションと同じものを揃えた。バウハウスの建築家・デザイナーであるMarcel Breuer(マルセル・ブロイヤー)が1925年のパリ万国博覧会のためにデザインしたスタンドライトや、イタリアの老舗照明ブランド「STILNOVO(スティルノボ)」が60~80年代に発売した照明器具など、その存在を知っている人には垂涎の銘品が整然と在る。「服作りと同じで、古いものを大事にしたいという思いから」と吉田は話す。
服のディテール、背景を感じながらコミュニケーション
取材時に提案していたのは23-24年秋冬コレクション。ジョン メイソン スミス/ジェーン スミスらしい、一見、ベーシックだが生地やディテールへのこだわりを凝縮したアイテムが揃う。
「NYLON TAFFETA ARMY QUILT VEST(ナイロンタフタ アーミー キルト ベスト)」は今季の特徴的なアイテム。中綿入りパフベストをショート丈にしたユニセックスのデザインで、生地には福井県で生産した1㎡当たり42gの軽く滑らかなタフタを使い、ひょうたんキルトで仕上げた。タフタは制電糸使いで、撥水・シレ―加工が施されている。ストレッチテープ仕様のアームホールは伸縮性があり、身体にフィットする。コイルファスナーの裏面使いで軽さを追求した。同素材のフード(別売り)との組み合わせもお薦め。フード口とネック部分のスピンドルでフィット感を調整できる。キルトベストはショート丈なので、コートのインナーとして、またフードを付ければアウターっぽくも着られる。「今日はどうやって着ようかなあと、コーディネートアイデアを膨らませられるようなアイテム」だ。
「5G SHAWL CARDIGAN(5ゲージ ショールカーディガン)」は、南仏アルル地方の標高1500~3000mの自然環境で放牧されたメリノ種から採れる希少な22μ(マイクロン)のフランスメリノを使った糸で編み上げた。羊に苦痛を与えないノンミュールジングによるウールのため、動物愛護の観点からもサステイナブル。ボリュームのある見た目に反して軽く、温かい。クリアボタンにはオリジナルカラーを採用した。
ブランドのオリジナルボディーのTシャツをキャンバスと捉え、様々なアーティストとのコラボレーションによりアート、カルチャーを提案するシリーズは、毎シーズン、好評を集めている。今季は英国の写真家Jamie Morgan(ジェイミー・モーガン)にフィーチャー。80年代ロンドンのファッションシーンを牽引したスタイリストRay Petri(レイ・ペトリ)が監修した写真集「BAFFALO」からモーガンの作品をセレクトし、Tシャツに表現した。ボディーは、洗いをかけても斜行も毛羽立ちも少なく、長い繊維長を使用したコーマ天竺製で、左脇線のみの片接ぎ、襟裏を補強するタコバインダー仕様が特徴だ。
「RAYON OMBRE CHECK OPEN COLLAR SHIRT(レーヨン オンブレチェック オープンカラーシャツ)」は、ビンテージのオンブレチェックシャツをベースに、その生地を再現し、オーバーサイズにアレンジした。生地は兵庫県西脇市で織られたビスコースレーヨンを使い、シャドーチェックを表現。第一ボタンの共布ループや行ってこいの袖明きなどはビンテージを忠実に再現している。
ニットはユニセックスで着用できるデザインにこだわった。ベーシックなカシミヤニット「12G CASHMERE CREWNECK(12G カシミヤ クルーネック)」は、シャツとカーディガンを展開。12ゲージの天竺編みの裏目を表側に使ったデザインで、薄く、柔らかく、温かなアイテムに仕上げた。
短丈が特徴の「5G ARAN SLEEVE SWEATER(5G アランスリーブセーター)」は、5ゲージの機械編みをアレンジして3ゲージクラスの編み目を持つケーブル編みを採用。袖とリブは別々に編み立て、つなぎ合わせた。リブはラインを表現した折り返し仕様で、袖口にアクセントを作る。「12G MOHAIR PULLOVER ATTACHMENT NECK(12G モヘアプルオーバー アタッチメントネック)」は、本体と切り離されたネック部分の使い方で様々な着こなしを演出する。モヘアの細い糸をハイゲージで編み、両脇と袖に網地を施すことでデザインに変化をつけている。
コレクションに毎回、取り入れているのがデニム。今季はメンズでは「15oz SELVEDGE DENIM 5PK REGULER STRAIGHT PANTS(15オンス セルビッジデニム 5ポケット レギュラーストレートパンツ)」、ウィメンズでは「15oz 5PK REGULAR STRAIGHT PANTS(15オンス 5ポケット レギュラーストレートパンツ)」を投入。共にフェイク茶綿をインディゴでロープ染色することでビンテージデニムのカラーを再現し、穿き込むことで色落ちを楽しめる。スタンダードなシルエットだが、フロントボタンフライや尾錠、サスペンダーボタン、隠しリベット、フロント開きリベット、股下カンヌキなどビンテージのディテールをしっかり踏襲した。でも、ちょっと違和感が。コインポケットが左側に付いている。左利きのブランドならではの小さな仕掛けでスパイスを利かせた。
「WOOL CASHMERE TAPERED SLACKS(ウールカシミヤ テーパードスラックス)」は、尾州産地でも希少なSRSウール(SoftRollingSkinWool)とカシミヤの混紡糸で織り上げた生地を使用。カシミヤだけでは出せない風合いを生んだ。ゆったりとしたワタリのため動きやすく、ピンタックを施すことでクリースラインをくっきりと見せる。メンズ、ウィメンズともに揃う。
まもなく入荷される24年春夏コレクションでは「コラージュ」をテーマに、パーツを取り外して着こなしの変化を楽しめるウェアなどを展開する。タスラン加工によりナイロン特有のシャカシャカという音がしづらい素材を使った「リムーバルカーゴパンツ」は、膝から下を取り外し可能で、短パンとしても着用できる。二重襟の「モーターサイクルコート」は襟を取り外すことができ、1枚でも着られる。アートTシャツのシリーズでは、コラージュアーティストNicola Kloosterman(ニコラ・クルーストマン)と協業。「昔の写真集や雑誌、生地などを材料としてコラージュアートを生み出しているアーティストで、デジタルではなくアナログによる制作にこだわっている。そこが最も惹かれた点」と、そのオードルコラージュを生かしたTシャツ作りに至った。
架空の男女に向けて作られたウェアは1点1点、その細部に至るまで背景が覗けてくる。そうした蘊蓄(うんちく)は男性は好むが、ジョン メイソン スミス/ジェーン スミスの顧客層は「男女を問わず、服のディテールや、その背景を求めて購入している感じを受ける」という。「僕にとって小さな部分へのこだわりはとても大切。それはユニセックスやウィメンズの服でも同様ですが、セレクトショップでバイイングや企画をしていた妻のフィルターを通して女性の身体に違和感なく合うよう調整していく」と吉田は話す。品番はデビュー時とは比べようもなく増えたが、こだわりを重ねることでブランドの「奥行き」も増した。そのコアを体感できる空間も整い、「直接、お客様と接し、接客を通じて生の声を聞けるのは僕らにとって大きな利点」。1客1客とのコミュニケーションを重ね、どうブランドとしての進化を遂げていくのか楽しみだ。
写真/野﨑慧嗣、ザ ファクトリー提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディターウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。