新しい世界を創り出す表現者のための場所
世界初のコンセプトストアを東京に出店したのは、ドクターマーチンがロックやパンク、ヒップホップ、グランジなどのミュージックシーン、アートシーンなどに象徴されるサブカルチャーに根差したブランドであることと大きく関係している。東京もまた原宿・裏原宿を中心にグローバルに影響を与えるストリートカルチャーが生まれ続けていることから、同じ根を持つ街として注目してきた。マーケットも日本はアメリカ、英国に次ぐシェアがあり、本国の工場でハンドメイドするハイエンドなコレクションからアジアの工場で生産するプロダクトまで幅広い世代のファンがいる。改めてブランドのルーツを見つめ直し、様々なモノやコト、人が交わりながら新たなカルチャーを紡ぎ、発信していく場として「Dr. Martens SHOWROOM TYO(ドクターマーチン ショールーム ティーワイオー/以下、SHOWROOM TYO)」を出店した。
店舗は表参道から路地を少し入ったビルの1階。SHOWROOM TYOの店舗空間をはじめ、発信するコンテンツのディレクションは、様々なファッションブランドのディレクターを務め、インテリアデザイナーや飲食店のプロデューサーとしても活動するEwan Playford(ユアン・プレイフォード)が担った。ユアンはSHOWROOM TYOの特設サイトのインタビューで次のように述べている。
「これまでドクターマーチンが築き上げてきた反骨的なイメージはもちろん、音楽、アートといったカルチャーとの交わり、そしてファッションやデザインにおける革新性、それらの要素を上手く繋げることを特に大切にしました。そしてドクターマーチンが見据える新たなビジョンをどう表現するか、それが一番のテーマでしたね。いろんなブランドとのコラボレーションもそうだし、様々なカルチャーの中で生きる人たち、そのコミュニティーや、そこで生まれるヴァイブスやスタイルとドクターマーチンは融合していて、それを一つの箱に収めたのがDr. Martens SHOWROOM TYOです」
SHOWROOM TYOのコンセプトは「新しい世界を創り出す表現者のための場所」。リアルの店舗空間やプロダクトを軸に、特設サイトやSNSを通じてオリジナルのカルチャーコンテンツを配信し、様々な要素が融合しながら新たなカルチャーを生み出すコミュニティーを醸成していく。つまり、ショップは単にプロダクトを売る場ではなく、訪れる人たちが何らかのインスピレーションを得て次の表現活動に向かうきっかけとなることを意図している。
空間作りでは「Supreme(シュプリーム)」や「NEIGHBORHOOD(ネイバーフッド)」など数々のブランドのショップやレストランなどをデザインし、90年代から原宿のカルチャーと密接に関わってきたM&M CUSTOM PERFORMANCE(エム&エム カスタムパフォーマンス)と協業。90年代東京のストリートカルチャーと今、新旧の価値観が融合した場としてドクターマーチンの世界観を表現した。
コンクリートの床はやや斑のある感じがクリーンでありながら温かい印象。壁の黒い面には吸音材を使い、音楽との結びつきが強いドクターマーチンのルーツをスタジオのようなムードに体現した。壁面に設置した木製の什器は優しいアールを象った四角形で、どこか昔のステレオを思い起こさせる。中央奥にどっしりと構えるのは、ブランドのロゴマークが焼き印された木製のレジカウンター。台にはドクターマーチンのブーツに使用されるスムースレザーに近い革を張り、4辺をイエローウェルトステッチで縫製した。上から吊られたビンテージのプールバーランプ(ビリヤード台を照らす照明)が柔らかな光を注ぐ。
エントランス前の階段部分には昭和時代のテレビを積み上げ、現代美術作家Nam June Paik(ナム・ジュン・パイク)さながらのインスタレーションを展開。東京のストリートカルチャーをリードしてきたレジェンドたちのインタビュームービー「JUKEVOX JOINTS(ジュークボックスジョインツ)」や、海外にも進出しているニュージェネレーションのアーティストたちを集めた「TOKYO AWAKENS(トーキョーアウェイクンズ)」、様々なカルチャーシーンで活躍しているクリエイターたちがドクターマーチンのあるライフスタイルを語る「VOICE OF TYO(ヴォイスオブティーワイオー)」といったオリジナルのドキュメンタリー映像を映している。これらは特設サイトでも配信され、実店舗と同期する。今後も新たなコンテンツを制作していく考えだ。
コラボレーションで更新し続けるブランドの可能性
SHOWROOM TYOを象徴するのは、売り場中央に立つ「アーカイブタワー」。ドクターマーチンは90年代からファッションブランドのコレクションやランウェイで採用され、03年からはコラボレーションによる靴作りを積極化し、どこよりも早く世界的な著名ブランドやストリートブランド、アーティストとの協業を実現していった。伝統と革新が体現されたブーツやシューズはドクターマーチンの反骨イメージをファッションスタイルへと転換し、ブランドに再成長をもたらした。現在は1シーズンに4~5ブランドとのコラボが定着している。この歴代のコラボレーションプロダクトを集積したのがアーカイブタワーだ。
「YOHJI YAMAMOTO(ヨウジヤマモト)」は、00年代初頭に初めてドクターマーチンのブーツをランウェイに使用し、07年からは毎シーズンのようにコラボを重ねてきた。ドクターマーチンが設立60年を迎えた20年にはアイコンの8ホールブーツ「1460」(ファーストモデルが1960年4月1日にリリースされたことから命名)のリマスタープロジェクトでタッグを組み、「1460 YY WEB」をリリースした。1460のスムースレザーにヨウジヤマモトのアイコンモチーフ「スパイダーウェブ」をレーザー加工でエッチングし、シューレースにもスパイダーモチーフを付属、ゴールドのトップアイレットも特徴的だ。
遊び心を遺憾なく発揮したのは、同じく60周年でコラボした「MARC JACOBS(マークジェイコブス)」。「1460 MARC JACOBS 8 EYE BOOT」はチェリーレッドの1460に、ゴールドチェーンにサイコロや鍵、南京錠、ホイッスル、リボンやハートなどのチャームがジャラジャラと付けられた迫力のある一足だ。シュータンには両ブランドのロゴと「60 YEARS」の文字をプリント。アッパーとヒールループにはヴィーガン素材を使っている。プレイフルでサステイナブルな1460だ。
1460 8ホールブーツのアッパーにハードウェアリングの装飾を施したのは「RAF SIMONS(ラフシモンズ)」。家具デザイナーを出自とするシモンズらしく、ミッドセンチュリー家具のシンプルでモダンなデザインをベースにリングを配置し、70年代後半のニューロマンティックやパンクシーンを彷彿させるアナーキスティックなカスタマイズとなっている。
「Rick Owens(リック・オウエンス)」の「1460 BEX DS RO」は、ドクターマーチンのアイコンソールであるベックスソールを搭載した1460をベースに、ジップ付きブーツに仕上げた。パールカラーのコットンシューレースを足首部からトゥまで幾何学的に張り巡らせたアッパーのデザインが、リック・オウエンスを象徴する。シューレースやヒールループ、ウェルト部分のステッチにはトープカラーを使用。インソールには両ブランドのロゴを配した。
東京のストリートシーンの代表的なグラフィックアーティストVERDY(ヴェルディ)が展開するブランド「Girls Don’t Cry(ガールズ ドント クライ)」は今春、初めてドクターマーチンと協業した。ベースとしたのは、様々なカルチャーシーンで愛用されている3ホールシューズ「Ramsey Creeper(ラムジークリーパー)」。アッパーはブラックのスムースレザーとヘアーオンレザーを組み合わせ、シューレースホールにはアイレットを使用、シューレースにはガールズ ドント クライのアイコン「ゴールドハート」のチャームがきらりと光る。ソールはスモークウェッジプラットフォームを採用し、アッパーとの継ぎ目はイエローウェルトステッチで仕上げた。ガールズ ドント クライはヴェルディがパートナーのために立ち上げたブランド。ラムジークリーパーはドクターマーチンの大ファンでショップスタッフをしていたこともあるパートナーが長年愛用するモデルで、二人がいつか作りたいと思い描いていたデザインを実現した。Uチップの5ホールシューズのアッパーにポニーヘアを使い、ゼブラ柄を表現した「Supreme(シュプリーム)」とのコラボシューズも面白い
著名ブランドだけでなく、シュプリームのデザイナーErin Magee(エリン・マギー)のブランド「mademe(メイドミー)」や、人気急上昇中のコペンハーゲンのブランド「GANNI(ガニー)」など、アップ&カミングなブランドとのコラボも注目だ。単にファッション性を求めるのではなく、背景にカルチャーを持つブランドとの融合が意識されていることが窺える。縁の深い音楽関係では毎年、ミュージシャンやバンドとのコラボがあるほか、テートモダンなどの美術館ともブーツやシューズを製作している。
「メイド・イン・イングランド」をフルラインナップ
SHOWROOM TYOが展開するプロダクトで、もう一つの軸がブランドの頂点に位置づけられている「メイド・イン・イングランド(以下、MIE)」だ。通常品はアジアで生産する一方、英国ノーザンプトンのコブスレーン工場で、選りすぐりの最高級素材を使い、伝統的なグッドイヤーウェルト製法の全工程に通じた職人がハンドメイドで一足一足を組み上げている。日本でそのラインを最大展開しているのは現在、SHOWROOM TYOのみ。MIEのアーカイブモデルを再構築したコレクションなど希少性の高いプロダクトが並ぶ。
MIEとアジアで生産しているモデルとの大きな違いは、レザーへの芯通しの有無。MIEアイコンスタイルに使用されているオリジナルQUIRONレザーは芯まで染めていないため、裁断面が剥き出しになっていて、クラシカルな表情を見せる。経年変化や擦れによりレザー本来のビスケットカラーが表れ、靴に味わいを生む。ソールは履き込むことで自分の足型へと形作られていく独自のエアクッションソール「Air Wair(エアウエア)」で、長く快適な着用を可能にしている。履き続けることで靴を足に馴染ませ、自分のものにしていく楽しみがMIEの真骨頂だ。ヒールループのロゴも黄色ではなく、創業時と同じく金糸で刺繍されているのも特徴だ。
MIEの中でもアイコン中のアイコンはやはり、ブランド誕生のきっかけとなった1460 8ホールブーツだ。エアクッションソールが最大の特徴だが、これが開発されたのは英国ではなく、ドイツだった。第二次大戦後の1945年のこと、軍医として兵役に就いていたクラウス・マルテンスという博士が自らの負傷した足の負担を和らげるため、敗戦後のミュンヘンに残っていた靴修理屋で廃材を利用し、空気を入れることで弾力性に優れたソールを開発。機械工学博士の友人と共に、軍事用品を原材料として使い、靴の生産を始めた。
雑誌に掲載されたその靴の広告を目にしたのが、ノーザンプトンで1901年からワークブーツの製造工場を営んでいたR.グリッグス社の三代目だった。マルテンス博士らと技術提携を結び、エアクッションソールの性能を高めてエアウエアとして商標を取得。1960年4月1日、「弾む履き心地のソール」をキャッチコピーに、開発者のマルテン博士を英語読みした「ドクターマーチン」のブランド名で1460 8ホールブーツを発売した。2ポンドという価格も受け、8ホールブーツは労働者階級に浸透し、60年代後半から70年代にかけてはロックミュージシャンたちがこぞって履くようになり、ユースカルチャーを象徴するブランドへと進化を遂げた。一時最小限となった英国生産は、07年に英国工場でのハンドメイドによるMIEの生産を再開し、ドクターマーチンの本質に磨きをかけている。
「MIE 1461 モンクシューズ」は、クラシカルなシルエットにドクターマーチンのDNAをプラスしたシングルモンクストラップシューズ。アッパーにはシボ感が特徴のナチュラルタンブルレザーを使用。ポルトガルのタンナーBoaventura(ボアヴェントゥーラ社)の高品質な素材を採用し、手作業で精工に作り上げた。アンティークゴールドの金具をあしらい、ウェルトのイエローステッチで引き締めた。「MIE 1461 3 ホールシューズ」は、イエローベースのヘアーオンレザーに黒のフラワープリントを施したレースアップシューズ。レザーのパイピング、フラットなシューレースで上品な表情を演出している。アーカイブの「ラムジークリーパー」に現代的なエッジを加えたのは「ラムジークァッド 3ホールシューズ」。アッパーには伝統的なスムースレザーを使い、ガンメタルスタッズとメダリオンの意匠がパンキッシュ。ダブルソールで厚底のクァッドウェッジソールが効いている。ヒールループを取り付け、ウェルトにはイエローステッチを施した。
- 「MIE 1461 モンク シューズ」
- 「MIE 1461 3 ホールシューズ」(右)。サンダルも提案
- 「ラムジークァッド 3ホールシューズ」
昨年投入したのは、「MIE デッドストックコレクション」。製靴の工程でどうしても出るレザーの端切れや余り革を使い、アイコンモデルの「1460 パスカル 8ホールブーツ」と「1461 3ホールシューズ」を再構築した。端切れとはいえ、レザーは英国のC.F.ステッド社やシカゴのホーウィン社など老舗タンナーによる銘品。柔らかなクードゥーレザーやワックス仕上げのキャバリエレザー、頑丈なアバンダンレザーなどを組み合わせて手仕事で製靴し、ウェルトにはイエローステッチを施した。アイレットも色違いがランダムに並ぶ。インソールには「MADE IN ENGLAND」の文字が箔押しされ、「ENGLAND MADE WITH DEADSTOCK」のスイングタグ付き。サステイナブルへの意識が高まる中、価格は4万円を超えるが好調だ。秋冬シーズンにはアシンメトリーデザインも登場する。
次世代のクリエイティブを支え、これからのカルチャーを発信
アートスペースが融合されているのも、 SHOWROOM TYOならでは。アーティストの作品展示やミュージックイベントなどを隔月で企画している。特設サイトのVOICE OF TYOにも登場するコラージュアーティストの河村康輔、ペインターのMHAK(マーク)、クリエイティブプロジェクトのtokyovitamin(トーキョーヴィタミン)、デジタルアーティストのSORA AOTA/K2(ソラアオタ/ケーツー)、フォトグラファーのcherry chill will(チェリー チル ウィル)、グラフィックデザイナーのGUCCIMAZE(グッチメイズ)、ラッパーの(sic)boy(シックボーイ)、プロデューサーユニットのOVER KILL(オーヴァーキル)、アーティストユニットのSTARKIDS(スターキッズ)、アーティストのJINYA YAMANAKAなど、国内外で活躍するネクストジェネレーションのエキシビションやライブを行ってきた。それぞれのアートピースだけでも魅力だが、彼らがドクターマーチンのアイコンをカスタマイズした「アートブーツ」もまた毎回注目されている。
日本におけるドクターマーチンは、6~7年前まではマニアックなイメージが強く、厚底ブーツのブームとともに女性客が急増したという。その後のスニーカーブームで学生を中心に男性客が増え、現在は男女が半々で構成されている。若年層のトラフィックが多い都市部の商業施設を中心に約60店舗を出店し、このうち二十数店舗が路面店。その中でコンセプトストアとしての SHOWROOM TYOは「リテールというよりは、カルチャーコミュニティーの醸成を目指す」とし、他店舗とは異なる特別感を強めたMDを展開している。ブランドでも最上位のプロダクトを集積し、特設サイトでの発信もメンズの興味関心に寄せることで、来店客層は男女が半々で、購買は男性客がやや上回り、訪日外国人の来店も多い店舗となっている。
今後は、ドクターマーチンの「進化版」といえるイノベーティブコレクションが本国で計画されていることから、これを日本市場で盛り上げていく発信にも取り組むという。またコラボやアートエキシビションに表れているように、これまで通り「まだアップ&カミングまでいっていないアーティストやデザイナーなどが世に認知してもらえるようサポートを続けていきたい」としている。
写真/野﨑慧嗣、ドクターマーチン・エアウエアジャパン提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。