ガンダム劇場版三部作の音楽
『戦場で』に続く3枚目のアルバム『アムロよ…』は、1980年3月21日に発売された。『機動戦士ガンダム』の本放送が終了してすぐの約2ヵ月後である。名場面の音声を収録した“ドラマ編”と、既発のアルバムには未収録だったBGMからなるこの作品で、氷川さんは構成を担当している。“ドラマ編”とはセリフ、効果音、BGMなど、映像作品の音声を編集して記録したもので、家庭用ビデオデッキが普及する以前、劇場作品などを収録したアルバムが多く発売された。『アムロよ…』はテレビ版のダイジェストとも言える構成を中心とした“ドラマ編”だ。
「“ドラマ編”という呼び方には、富野さんが難色を示しました。“ドラマとは劇作のことで、ちゃんと手順を踏んだ上で、人と人の情がからみあうものだ”と思ったからでしょう。“ドラマ編って言わなきゃいけないのか”“すみません、商品上……”。すると構成を見た富野さんが“これって名場面集みたいなものでしょ? だったら〈音のピンナップ集〉ですよね。流れがあるものではなく、場面、場面が次々と切り替わっていくような……”とおっしゃって。そこで“では、そのコンセプトでいきましょう”となりました。解説にもある“音のピンナップ集”とはそういう意味です。『アムロよ…』は、今聴いても変な迫力があり、面白いアルバムですよね。テレビの音声とも少し違うし、ガンダムという物語のピークからピークへつないでいる。映画化も多少意識していたと思いますよ。もし二時間でまとめるなら、こういう所がピークになるだろうという予想で、エピソードの選定と場面の流れにしていると思います。劇場版の先行的なものとしての役割も、多少は果たしていたはずです」
そして、ジャケットは『戦場で』に続き、インパクトの大きなものだった。キャラクターデザイン/アニメーション・ディレクターである安彦良和の手による、実際に本編で使われた修正原画が使用された。
「アニメージュが先にシャアの修正原画を表紙にしていました。それも監督の富野さんのアイデアだそうですが、『アムロよ…』も安彦さんの原画でいくことになった。何枚か厳選された中から最後に自分が絞りました。いろんな人の意見も聞きながら、僕は最終的に9話のトマトをかじっている絵がいいんじゃないかと。富野さんに監修を受けたら、顔が全部見えていないけど、異常な感じがしていいと思う、とOKをもらいまして。ダブルジャケットのストーリー解説書も、場面写真の足りないところは自分で16ミリフィルムから複写してお話が分かるようにして――何もかも構成したアルバムなので思い出深いですよね(注:中島紳介氏と共同)」
そして、1981年3月、同じく1981年7月、翌1982年3月に劇場公開された『機動戦士ガンダム』『機動戦士ガンダム II 哀・戦士編』『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』。大ブームを巻き起こしたこの映画版の音楽を、氷川さんは「『I』『II』『III』が、それぞれ録り方が違っていて、“アニメの背景に流れている音楽の役割とは?”と考えるとき、絶好のサンプルなんです」と言う。
「富野さんの考え方もあって、『I』はテレビを愛してくれた人たちのために、テレビ版から画も音もなるべく付け足さないようにしているんです。劇場ではスピーカーが大きくなり音響の場にサイズ感が出るので、それに耐えられるよう音を厚めにしてください……というオーダーで、テレビの拡大版のような音楽が『I』です。それが『II』では全部新曲になった。『I』と『II』の公開は間隔が3ヵ月しかなく、完成フィルムを見て作曲する時間もなかったんでしょう。テレビ版と同様、“○○のテーマ”みたいなメニューを出す、いわゆる“ため録り”的な新曲です。ラストシーンだけ場面に合わせて音楽も動く『III』のようになっています。『II』は画も“撮り足し”があるし新メカも出て、それに、ため録りの感触が加わり、新しい作品の印象が出ている。そして『I』から『II』では、音響監督も松浦典良さんから浦上靖夫さんに変わりました。『I』はやや情景の説明的な音楽の付け方の部分があるんですが、浦上さんは“悲しい場面だからこういう曲”というマッチングよりも、画に音をぶつけてくるようなスタイルです。主題歌〈哀戦士〉のかかるモビルスーツの降下シーンでのクライマックス感などは、まさにその典型と言えるもので。足し算じゃなくて、掛け算なんですね。そして、『III』はテレビの手法を離れた“映画音楽”です。ビデオデッキが普及しはじめたので、オールラッシュをビデオに落として作曲家の松山祐士さんと渡辺岳夫さんにお渡しして、“ここからここまでM(ミュージック)ラインをひきます”という打ち合わせがもたれました。渡辺先生の使った台本が現存していますが、音楽の部分にMナンバーと線が引かれています。ハリウッドなどで主流の、実際の映像を見ながら劇伴(劇につける伴奏)を場面に合わせて作曲する“フィルム・スコアリング”に極めて近いスタイルです。『III』のサントラ盤では、途中で終わっているように聴こえる曲がありますが、これは映画内のドラマや情況の切れ目に合わせたからです。3本とも、発想の違う音楽の付け方がされている。“映画音楽とは何だろう”と思ったことがある人には、絶好の教科書になっているんです」
(つづく)