──1977年に「愛の芽生え」で歌手デビューの香坂みゆきさんは来年2027年にデビュー50周年を迎えます! まずは、おめでとうございます。ひと口に50周年と言っても、香坂さんがデビューした年に生まれた子が50歳になっているわけで…。
「ね! すごいですよね? 予定ではもっと、おばあちゃんのはずだったんですけど(笑)。自分の祖母が64歳の時って、かなりなおばあちゃんだった印象なんですけど、いざ自分がなると、“たいしたことないな”って。まだでき上がっていませんし、ちっとも大人になっていなくて。その分、元気ですけど(笑)」
──ご自身では長かったと感じますか?
「振り返ると長かったんですけど、どんどん忘れていくタイプなので(笑)。長いと言えば長いですが、“今を楽しく生きる”という感じで、ここまで来たので、何も変わっていない気がします。先を見越さないというか、見越せないというか、行き当たりばったりというか。でも、だから今もやっていられるんだとは思います。何か目標を立てて、そこにたどり着けなかった時の挫折感を味わいたくないですし(笑)。だったら、“今日はどうしよう?、”明日はこうなってほしい“、でいいかって」
──なんというか…尊敬します。
「え~(笑)。まだ全然、人としてでき上がっていないですよ。世間のこととかも、もっと知っているのがおばあちゃんのはずですし、足りていないですよ」
──だから気持ちも若いのかもしれませんね。
「私の子どもたちにしてみたら、それだと困るし、“勘弁してくれよ”って言うと思うんですけど…」

──ちなみに、デビュー時のキャッチフレーズは覚えていますか?
「“とびだせビーバー14才”! “なんだそれ?”ですよね(笑)」
──はい(笑)。
「今はそうではないですけど、当時は2本の前歯が大きくて、“ビーバーみたい”って、よく言われていたからだと思います。あの時代は皆さん、印象的なキャッチフレーズがついていましたよね? “1億人の妹”とか…」
──そうでした(笑)。ここまでのキャリアで、歌に関しては45周年を迎えた頃から、ライヴを中心にまた活動が活発になりましたよね?
「そうですね。40周年を迎えたときに記念ライヴを開催したんです。その時は、“次はいつライヴができるだろう?”くらいの感覚でした。節目だったので、当時の社長が企画してくれた1回きりでしたし。そこから5年経って還暦を迎えて、私生活にもいろいろと変化があったりして、“これからやりたいことってなんだろう?”と考えた時に、“歌を歌うことだな”って。普通、今になって“やりたい”と言っても、“だったら、やれば?”で終わると思うんですけど(笑)」
──いや、そんなことは…(笑)。
「周りのみんなが、“こういうことをしてみたら?”とか、“こういうのをやろうよ”とか、“こうすればライヴができるよ”とか、声をかけてくれて、手伝ってくれました」
──大人の女性になってから、“歌いたい”という意欲が強まったということですか?
「家庭に入っていた時も仕事はしていましたけど、歌うことはしていなくて。子供たちにしても、ある程度大人になるまで、私が歌手だったことを知らなかったんですよ。それこそ学校で“お前の母ちゃん芸能人だろ?”とて言われて、検索してみたら“ママが歌っていた!”というくらいの認識で。歌ではない仕事は、幸い続けさせていただいていて、でもその中で60歳という節目を迎えて、“自分がやりたいことをやりたい”と思いました。もちろん、今の仕事をやりたくないわけでは決してないですけど」
──はい、わかります。
「自分から進んでやりたいこと、シンプルに好きでやりたいことは、なんだろう?…そう思った時に、歌しか浮かばなかったんです。“もう1回、ちゃんと歌いたい”って。そこからです」
──なるほど。
「やっぱり、スタッフがいろいろと考えてくれて、作られてきた曲を歌っていた時代と、自分から“歌いたい”と言って、ゼロから作ってもらった曲を歌った時とでは、感激度が…これは作ってくださった人に失礼になってしまいますけど、全然違うんですよ。当時10何歳かで、わ~ってやっていた時とは。嬉しいですし、なんだか愛おしいというか…。もちろん、当時も楽しくやっていたんですけど、それとは違う楽しさです」
──2024年の「風にまかせて」という楽曲からでしょうか、ご自身で作詞にも積極的になったのは。
「そうですね。その前に歌手デビュー45周年を記念して、2022年に「かもめはかもめ」のカヴァーをやらせていただいて、自分なりにそこそこ歌えたのがきっかけで、“次はオリジナル曲を作ろう”ということになって、「黄昏とせつなさと」という楽曲をいただいたんです。それで、“オリジナル曲を歌えるなんて!”と喜んでいたら、“もう1曲、少し落ち着いた曲があるから、みゆきちゃんが歌詞を書いてみて”と言われて、“え~、私が書くんですか~?”ってなったんです」
──それで「風にまかせて」が書けてしまった?
「いやいや…なかなか書けなかったです。所用で飛行機に乗っている時に、座席でテーブルを出して書いたり、電車の中で書いたりして、なんとか書けました。それからは毎回、とりあえず自分で歌詞を書くようになりました」
──そうはおっしゃいますが、書けない人には書けないと思いますよ。
「いえ、書けますって! 私が書けるんだから」
──いやいやいやいや。
「いやいやいやいや(笑)。もう、あまりのボキャブラリーのなさに、1曲書き終わった時点では、“もう2度と書けないだろうな”と思いました。“もう全部、私の知っている言葉を使ってしまった…”って。でもそれからも歌詞を書いているうちに、似たり寄ったりで、“いつも海とか風とか空とかが出てくるな”とは思うんですけど、書けるようになってきました」
──いいじゃないですか、海も風も空も、何度出てきても。
「ですよね!? 私が好きな風景ですし。だから今は、作詞がちょっと楽しくはなってきています」
──伝えたい想いのようなものも、生まれてきたのでしょうか?
「曲先で、いつも曲をもらってからなので、何回もその曲を聴きながら、自分の中でドラマを作るんです。浜辺のふたりとか、夕暮れの街とか…妄想です(笑)。今の私の年齢に沿ったドラマだったり、少し若作りしたドラマだったり、いろいろ変わりますけど。実体験はあまりなくて、ライヴで歌う時も“妄想ソングです”と言っています。そういう書き方しかできないので」

──11月7日リリースのニュー・シングル「Snowflakes」は、クリスマス・ソングですね。
「はい。今回はまず、古川ヒロシさんから“クリスマス・ソングができました”と音源が送られてきました。それがとてもよかったので、私が最初の数行に歌詞をつけて、彼にギターを弾いてもらって歌ってみた動画を、SNSで公開したんです。そしたら“素敵なクリスマス・ソングですね”とか、“ぜひ仕上げて聴かせてください”というメッセージを、たくさんいただいて! “じゃあ、ちゃんと1曲完成させましょう”となって、こうなりました」
──綺麗で、シンプルで、ポップで、すぐ一緒に歌えそうな曲ですね。
「そうなんです。だから、今年の夏のライヴ(『CANTOS Live 2026』)でも“すみません、真夏ですけどクリスマス・ソングができました”と言って、歌いました。<ラララ〜>のパートは、お客さんに一緒に歌ってもらいました!」
──聴く人には、この曲はどんなふうに届いてほしいですか?
「“こう聴いてほしい”とか、あまりそういうのはなくて、何かしら感じてくれたらいいと思っています。ただ、今って、“音符が4つしかないのにたくさん言葉が入っているよね?”という歌が多くて…私が覚えられないというのもあるんですけど、聴いてすぐ伝わるように歌詞を書くことは心がけています。例えば、<私は愛しています>を、<私は愛><しています>と歌うと、違う言葉になってしまうんですよ、おばさん世代には。“そっか、そこでそう飛んでいくんだ”というような歌も、今の子たちには普通に聴こえるんでしょうけど、私には無理だから、自分で書く時もそこは意識しています」
──個人的には、転調も含めて、アレンジが好きです。
「それ、古川に言ってあげてください。私、50周年ですけど、歌っていない期間が30年くらいあって(笑)…だから、音楽的なことはあまり知らないんです。でもこの歳になると、恥ずかしげもなく聞けるわけです。まして古川は、年齢的に同級生だから話しやすいというのもあって、いろいろ質問しては、“今、それ訊く?”って笑われています。私は、気持ちよく歌えれば、それでよしなので」
──本人としては、どんな1曲に仕上がったと実感していますか?
「いつも自画自賛です。“名曲じゃない? 山下達郎さんを超えられるかな、無理か?”とか言っています(笑)」
──そして、12月20日には、銀座BASE GRANBELLでクリスマスディナーショーが開催されます。ディナーショー自体、初めてですか?
「初めてです。ここ何年か、“やってみたいよね”という話はしていたんです。今回、たまたまお話をいただいて、“じゃあ、ぜひ!”ということで実現します。そのために、アコースティック・ギターの古川と、パーカッション(丹菊正和)、ピアノ(佐々木真里)という新しいチームを組みました。この時期の銀座は、すごくクリスマスっぽくなっていると思うので、食事も楽しみながら、素敵なクリスマス気分を味わってもらえるディナーショーにしたいです」
──セットリストは、どんな感じになりそうですか?
「もちろん「Snowflakes」は歌いますけど、私は冬の曲をあまり持っていなくて…カヴァーでも歌っていないんです。それでいろいろ探して、洋楽、邦楽の素敵な曲を見つけたので、歌おうと思っています。覚えられないので、最近の新しい曲はないですけど(笑)」
──そして、来年4月には、COTTON CLUBでデビュー50周年ライヴを開催することも決定しました。
「今回は、以前、アルバムに参加してくださったりした佐藤準さんに、音楽監督を担当していただきます。偶然お会いする機会があって“50周年なんです”』と言ったら、“できることがあったら何でも”と言ってくださっていたので、お願いしたら快く引き受けていただけました。準さんと私で作った50周年記念ソングも歌いますし、デビューから現在までを、うまくまとめたライヴにしたいです」
──50周年以降も、歌は続けたいですか?
「もうずっと歌っていきたいと思っています。ただし、ちゃんと自分でいられる間は、です。私が自分の歌う歌が好きではなくなったり、何か気になるようになったりしたら、その時はやめるべきだと思っています。そこはキープできるように、努力し続けます。今は気持ちよく楽しく歌えていて、それがどうやらみんなに通じるみたいで、冷静なお客さんから少し引き気味に、“なんか本当に楽しそうですね”とか言われることもあるんですよ(笑)」
──(笑)。
「“はい、楽しいです!”と言っています(笑)」
(おわり)
取材・文/鈴木宏和
RELEASE INFORMATION
LIVE INFORMATION

香坂みゆき 〜50th Anniversary Live〜
2027年4月17日(土) 東京 COTTON CLUB
1st.show 開場 14:30 / 開演 15:30
2nd.show 開場 17:30 / 開演 18:30


