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特集
2016.09.30
特集 宇多田ヒカル最新作『Fantôme』

宇多田ヒカル特集Vol.2―― インタビュー前編

宇多田ヒカル6年半ぶりのアルバム『Fantôme』は、2013年に逝去した母へと捧ぐ一枚だ。活動休止期間の“人間活動”について。そして本作へと繋がる彼女の想いとは? 宇多田ヒカルへのインタビューを前後編でお届けします。

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――『Fantôme』というタイトルを付けた経緯は?

「今回のアルバムは亡くなった母に捧げたいと思っていたので、輪廻という視点から“気配”という言葉に向かいました。一時期は、何を目にしても母が見えてしまい、息子の笑顔を見ても悲しくなる時がありました。でもこのアルバムを作る過程で、ぐちゃぐちゃだった気持ちがだんだんと整理されていきました。でも、今までのように英語でタイトルを付けるのは違う気がして。かといって、日本語で思いつく言葉は重過ぎて。そこで輪廻という視点から“気配”、“幻”を指すフランス語に突き当たりました。私という存在は母から始まったんだから、彼女の存在を“気配”として感じるのであればそれでいい。そんな想いで名付けました」

――アルバムは約8年半振り、本格的な活動はおよそ6年ぶりです。

「休止を発表した時、いろんなところで“なんで?”と聞かれて、どう説明をしたらいいかよく分からなかったんですけど。要は惰力じゃないけれど、物事って動いていると止めにくいし、止まっていると動かしにくくなるじゃないですか。何だかすごい勢いで周りに後押しされてポンってデビューしちゃって、そこから宇多田ヒカルがぶわーっと大きくなってしまい。大きくなればなるほど、大きなトラックみたいにどんどん舵取りが出来なくなって、自分で方向を選べなくなっていたんです。それで“これはヤバイな”と思って休止を決めました」

――“人間活動”期間中はどのように音楽と関わっていましたか?

「超普通のリスナーでしたよ。私、テレビはほとんど観ないので、音楽チャンネルとかも観ないし。ラジオはたまに聴いても、何か古いブルースのやつとか、そんなんばっかりでした。新曲も聴かなかったし、前から普通に好きな曲とか、たまに音楽好きの人から、“これいいよ”とか言われてオススメされたのを聴いたり。あとは家で何かやっている時とか飲みながらかけていたとか、移動中の電車とか、歩いている時にイヤホンで聴いていたとか。好きな曲があるとそれを繰り返し3日間ぐらいずっと聴いていた。歌ったりとかは全然していなかった。最後のライブ(2010年12月)以降、ほぼ歌っていなかった。自分でもちょっとびっくりするぐらい、全く歌っていませんでした」

――アルバムの制作が本格的に始まったのはいつ頃でしたか?

「去年の3月頃からかな。それ以前から作業していた曲もあったんだけど、3月以前は休止前のゆるやかな延長上にあった気がするので。東京で何人かのミュージシャンのかたに、私がプログラミングした音を差し替えるようなレコーディングをお願いしたんですが、その時に全く完成形が見えなくて。逆に“なんかちょっとイメージと違うな”とか“もっと練らなきゃな”とか、ぼんやりと課題が見えてきて不安だけ残った、みたいな感じでした。そこからとりあえず〈真夏の通り雨〉が1曲完成して。やっぱり歌詞が完成して歌を入れないと掴めなかった。特に今回は言葉が自分のなかですごく重要だったので」

――エンジンがかかってきたのはどのあたりからでしたか?

「作詞の最後のほうで、初めてパソコンを使って歌詞を書き出したあたりからだったかな。これまではノートに手書きだったんです。今回、特に歌詞が難しかった〈花束を君に〉と〈真夏の通り雨〉は、かなり時間がかかったんです。幾つかのキーワードがぽつぽつと浮かんで来ても、題材がデリケートなだけに上手く進まなくて。あと自分でも書くのがセラピーみたいな感じもあったので。でも途中から制作スケジュールの都合もあって、もう家でラップトップの前に座って音を聴いてどんどん書いていっちゃおうと思って、出てきた言葉をどんどんぶち込んで羅列して。で、“違うな”と思ったら別の候補に差し替えたりと、パズルを組み立てていく感じでやってみたら、意外と2日で書けちゃったりして(笑)。自分でもびっくりでした」

――アルバムにも収録されている「花束を君に」と「真夏の通り雨」は、4月に配信限定でリリースされました。

「〈花束を君に〉は国民的な番組(NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』)の主題歌だったので、自分としてはいつにも増して間口を広げて作詞をしました。オフコースとかチューリップ、休んでいた頃に好んで聴いていた、エルトン・ジョンの〈Tiny Dancer(可愛いダンサー~マキシンに捧ぐ)〉なんかをイメージして、いろんなリスナーに当てはまるよう、軽やかで“開いた”曲を目指しました。〈真夏の通り雨〉も始めから日本語だけの歌詞にしようと決めて、自然と染み入るような、それでいてなお美しいと思ってもらえる日本語の歌詞を目指しました」

――そういった特別な意味を持つ楽曲をリリースしてみて、リスナーからのリアクションをどう感じましたか?

「正直、皆さんからどんな反応が返ってくるのかがすごく不安でした。でもリリースされたら“これ、お母さんのことじゃない? ”とすぐに気付いた人が多かったみたいで。しかも同情というわけでもなく、そこを踏まえつつ感情移入してくれていて。それが私にはすごくポジティブに感じられたんです。その後に残っていた歌詞を書く上でも背中を押されたというか、すごく勇気づけられました。この2曲以外の、アルバムのほとんどの歌詞は、そこからの約3ヵ月で一気に書き上げました。これまでの作詞は、ヘタすれば1年かかるなんてこともあったのに。これまでの最短記録でしたね。まあそれまでが長かったんですけど(笑)。そしてもうみんな次のアルバムは“お母さんのことだ”と分かっているんだから、なおさら母の顔に泥を塗ることのない、最高の作品にしなければと強く思いました」

――過去にも宇多田さんの楽曲の中には「Letters」や「嵐の女神」など、お母様へ宛てて綴られた歌詞がありました。

「母とのことは雑誌なんかではたまに話していたけど、広く浸透するような場では発言してこなかった。母が亡くなったことで、これまで自分に課していた最も大きなセンサーシップが取り払われたと感じました。私は自分の考えを正直に音楽にしてきた方だと思うんです。でも母は私にとって一番のメッセージポイントなのに、結局、赤裸々には表に出せず、どこかで隠しながら必死に暗号を出し続けるようなやり方でした。母が亡くなってしばらくは“もう音楽なんて作れない”と思っていたのに、いざ意を決し、歌詞を書き始めたら、羽ばたくぐらい自由に言葉を選ぶことができました。言葉との関係性であり、世間と自分の関係性が大きく変わったのだと感じました」

(後編につづく)

取材・文/内田正樹



<特集 宇多田ヒカル最新作『Fantôme』>
宇多田ヒカル特集Vol.1――『Fantôme』ディスクレビュー
    宇多田ヒカル特集Vol.2―― インタビュー前編
宇多田ヒカル特集Vol.3――インタビュー後編



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宇多田ヒカル
宇多田ヒカル『Fantôme』
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