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特集
2016.03.04
1990年代末の音楽風景~『1998年の宇多田ヒカル』をめぐって~

音楽シーンの“98年”

音楽・映画ジャーナリストとして活躍中の宇野維正さんの著書『1998年の宇多田ヒカル』。CDが最も売れた98年にデビューした4人の歌姫に関する考察を、著者の体験談と併せ著したこの本について、著者である宇野さんにお話を聞きました。音声版もラジオ感覚でお楽しみください。

音楽シーンにとっての“1998年”

1月の発売以来、発売間もなく重版が行われるなど、話題となっているのが『1998年の宇多田ヒカル』だ。音楽CDの需要が今では考えられないくらい高かった1990年代だが、1998年は、そのなかでもCDの最高売上を記録した年でもある。その1年に、本書で語られている4人の歌姫がデビューしていることは、象徴的である。宇野さんは“1998年”という年を、本書に登場する4人のアーティストをどう捉えていたのか。本書が書かれる経緯とともにうかがった。

「2014年の12月に、『宇多田ヒカルのうた-13組の音楽家による13の解釈について-』という“ソングカバー・アルバム”が発売されたとき、ニコ生の〈WOWOWぷらすと〉という番組でとりあげたいという話になって。そこで、せっかく話すのであれば…… 宇多田さんがデビューした1998年には、他にも椎名林檎さん、aikoさんがデビューしている、“1998年”“宇多田ヒカル”“椎名林檎”“aiko”、これをまとめてやりませんか、と。その段階で本を書こうと思っていたわけではなかったんですが、音楽の仕事をずっとやってきた中で“1998年”にこの3人がデビューしたことは、すごく意識していたんです。そして、この〈WOWOWぷらすと〉を見ていた新潮社の編集の方から“あのテーマで一冊書きませんか?”って言っていただいたのが、そもそものきっかけなんです。そこから実際に本を書く段になり、宇多田さん、椎名さん、aikoさんの3人だけだと、いわゆる音楽専門誌を読むようなコアな音楽ファン層だけに向けたものになってしまう。やりがいはすごくあるんだけど、年齢層的にも読者層的にも、幅広い読者がいる新書というメディアで出させてもらえるのであれば、当時からよく聴いていてライヴにもよく行っていた浜崎あゆみさんも一緒に語ったら、広がりがすごく出るんじゃないかと思ったんです。浜崎さんもやはり1998年デビューで、そのことは当時からすごく意識していることでもあったので」

1996年に株式会社ロッキングオンに入社し、音楽ジャーナリストとしてのキャリアをスタートさせた宇野さんは、自分たちの世代を代表する音楽家が出てきたと、彼女たちのデビューを現場から感じていた。
「松任谷由実さん、中島みゆきさん、竹内まりやさん等、上の世代には素晴らしいアーティストがたくさんいるわけなんですけど、僕は1970年生まれで45歳なんですが、自分の世代の感覚だと、ユーミンやまりやさん、中島みゆきさんは、当時スキーやサーフィンをやっている大学生といった上の世代のものという印象でした。〈ドライブミュージック〉って言われても、中高生の頃はドライブが出来るわけではないし……なんて思ったりしていたんです。で、宇多田さん、椎名さん、aikoさんは、3人とも自分より年下ですが、90年代末になってようやく新しい世代を代表する音楽家が出てきたなと思えたんです。そして、先ほどあげた“ユーミン、みゆき、まりやライン”みたいなものがあるとすると、もう一つ、自分が上の世代のものとして感じていた“聖子、明菜、今日子”ラインっていう軸もあって。当時を振り返ると、今でこそアイドルブームで、それこそ30代~40代の男性もライヴ会場にはたくさんいると思うんですが、ところが1998年という時代は、アイドル冬の時代の真っ只中なんです。特に“CDを出して歌番組で歌う”というスタイルで活動するアイドルはほぼ絶滅状態で、そんな中でゼロから立ち上がっていったのが、つんく♂さんがプロデュースしたモーニング娘。でした。なので――彼女たちも1998年にメジャーデビューしているんですが――モーニング娘。以前、女性アイドルの分野は、ジャンルとして絶滅に近い状態だったんです。ただやっぱり、音楽とアイドル性っていうのは、わかち難く結びついているもので、そういうニーズは、常にあるものだと思います。宇多田さん、椎名さん、aikoさんに関しては、当時は自分も若い男性だったので、そういった琴線にも触れたんですよね。ユーミン、みゆき、まりやラインが持っていた音楽性の高さ、聖子、明菜、今日子ラインのアイドル的な萌えポイントが、どちらもしっかり備わっていたという。だから本当に、“これは大変だぞ”という感じでした」

音楽に誰もが貪欲だった時代が1998年という時代だと宇野さんは言う。
「やっぱりCDをみんなが買っていたし、新しい音楽に対して、すごく貪欲でしたよね。だから今の時代も、例えばDAOKOであったりとか、ぼくのりりっくのぼうよみであったりとか、10代のすごい才能っていうのは確かにいるんですよ。一部の音楽ファンはそれに気づいているし、我々音楽ジャーナリストっていうのは、そういった才能を見つけて盛り上げていくのが仕事なわけですけど、当時はそのマインドを、日本全国の何百万人が共有してたんですよね。だからこそ彼女たちはヒットを出すまでに時間がかからなかった。宇多田ヒカルさんに至っては1stシングルから大ヒットしていますからね。それは音楽に対する社会全体の関心の高さがあってこそだったと思います。特に若者にとって、どんなものより関心事の中心に音楽があったんですよね。今、iPhoneのSiriに語りかける“Hey Siri”のCMシリーズで、最後に男性が “1998年のヒット曲をかけて”と指示するバージョンが放送されてますが、それくらい日本の1998年という時代における音楽は、社会においてすごく特別なものだったんだと思います」
(つづく)

宇野維正
「ロッキング・オン・ジャパン」「CUT」「MUSICA」等の編集部を経て、現在は「リアルサウンド映画部」で主筆を務める。編著に『ap bank fes official document』『First Love 15th Anniversary Edition』など。

宇野維正『1998年の宇多田ヒカル』

宇野維正
『1998年の宇多田ヒカル』
(新潮新書)