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特集
2016.01.08
歌謡曲からJ-POPの時代へ

歌番組とお茶の間

今月のテーマは歌謡曲です。70~80年代に音楽マーケットの主要ジャンルとして数々の名曲が歌謡曲の中から生まれました。呼び名は変われど、その水脈は現代のJ-POPにも受け継がれているのでしょうか? 『すべてのJ-POPはパクリである』などの著書もある、マキタスポーツさんにお話をうかがいます。

歌番組とお茶の間

「自分がレコードを持ってなくても知っている曲、それが歌謡曲だと思うんですけどね。所有するというよりも、時代と共に街に漂っている。“共有する音楽”という感じですね」 〈歌謡曲〉の定義をマキタさんに尋ねると、こんな答えが返ってきた。そして歌謡曲全盛から30年がたった現在に音楽マーケットのメインに位置するJ-POP。この2つの違いについては、どうだろう?
「“見る”芸能から“する”芸能になった。それが歌謡曲からJ-POPへの変化だと僕は思っています。カラオケが大きかった。CDで覚えた曲をカラオケで歌うといった“使うもの”に音楽がなったというか」

“見る”芸能から“する”芸能への変化は、音楽の構造にも変化をもたらした。
「J-POPの時代になって、音響効果的なもの、音圧的なものが強化された。そのことで、相対的に詞の重要性は下がったんじゃないかと思います。“この低音やばいよね”っていう言い方って昔はなかったはずで、要はそういう音響的な聴き方は必要とされていなかった。聴きどころはあくまで歌手が歌う歌詞であり、覚えやすいメロディーであったんだと思います。でも、メロディーや詞以外に咀嚼するところが増えたぶん、聴きどころ、楽しみどころは増えたんじゃないかと思いますね。
これも特色のひとつだと思うんですが、90年代、J-POPの時代に、曲尺が長くなりました。アーティストが多数輩出される中で作家性を爆発させることができたので、イントロが長かったりするんです。英語圏ではヴァース、コーラスっていうざっくりした考え方なのに対し、日本人は、前奏があって、Aメロがあって、Bメロがあって、サビ……みたいな構造がわりと好きですよね。ガラケーのガラパゴス化みたいなことと同じで、あるレギュレーションの中での多機能性というか、曲の展開がどんどん膨らんでいって、曲尺が長くなっていった。音楽業界が景気の良かった時代でもあるので、アーティスト本位が許されたこともあったんじゃないかと思います。今は買い手市場なんで、待ってもらえない。お客寄りにカスタマイズされているというか」

歌謡曲の時代に、歌番組というメディアが重要な位置を占めていた。〈紅白歌合戦〉はもちろん、〈ザ・ベストテン〉や〈夜のヒットスタジオ〉など歌番組が一世を風靡した。“お茶の間”に世代をこえて歌が響いた時代だ。
「お茶の間っていう空間があって、そこでテレビをみんなで見ないといけない時代があって。僕が生まれた場所はすごい田舎で、テレビも民放が2局しかなかったんですね。そういう状況だと番組を選択する余地がないんです。大人になってくると、テレビで見ることができないアーティストが、ラジオや雑誌に出ていたりすることを知るようになるんですが、そうなってくると“俺が好きなあのアーティストが、紅白の場所によばれない”とか、“自分にとって知らない歌手が出ていたりするおかしな場だな”といったふうに、〈紅白歌合戦〉のことを思い始めたんですね。当時の僕の気分は“反紅白”なわけです。で、80年代になると、お笑いの一大ムーブメントが起きて、フジテレビなどの後発のテレビ局がお笑いっていう新しいコンテンツをもって飛躍してくるわけで。そういう流れもありながら“紅白は全国民的に見なくちゃいけないもの”といった感覚が壊れてくるわけですよね。オレも反紅白なんで、そっちのほうにベットするわけです。で、1982年にサザンオールスターズが、〈チャコの海岸物語〉で三波春夫さんの格好で出てきて怒られたことがあるんですよ。反紅白なオレも“ちょっとやりすぎなんじゃないか”と当時思いました。反紅白の自分が紅白側に立っているっていう(笑)。でも痛快だし、桑田さんらしいふざけ方だし、壊し方だし。そこにのっかってる自分も、もちろんいたんですね。84年末には、紅白ではなく、年越しライヴをサザンオールスターズはやるんですが、紅白に出なくなったサザンオールスターズに僕は増々惹かれました。紅白に出ない桑田さんの態度、サザンオールスターズの態度のとり方ってかっこいいなと。その辺りから、おかしくなってくるんです。85年には吉川晃司さんが紅白に出るんですが、消火器とかぶちまけて、ギターを燃やした。オレはさすがにその時も……吉川晃司、オレたちのヒーローですよ?……でも思いました。“吉川晃司やりすぎ、狼藉働き過ぎ”って。反紅白なのにね(笑)。日本全国で、お年寄りも見てるなかでやり過ぎだろうと(笑)。
紅白が新しい若いアーティストをハンドリングできなくなってきていたんですね。その辺りから紅白に“出れない”のではなくて“出ない”みたいな、そういうアーティストのほうが当時少年だった自分らの等身大の気持ちを歌っている……そういうことが起こってくるわけですよね。紅白に出ないスタンスのアーティストたちが、インディーズといったようなシーンを形成して、そこに新たな資本が流れてくるといった順路ができて、そういう人たちがベットできる環境がビジネスモデルとして成立するようになり始めていたんですよね。当時は分らなかったですけどね。ただ、紅白に積極的に出なくてもいいっていう立場の人たちが出来てきた。それが変化のポイントです」

かつての歌番組隆盛の時代は遠い昔の話になってしまったが、紅白歌合戦は、2016年の現在でも年末に欠かせない歌番組として、大きな話題を提供し続けている。
「今の紅白歌合戦って、混沌としていて、逆に見る価値があると思います。“お茶の間なんか幻想である”って言ってしまったら、それはあまりにもペシミスティックに過ぎるというか、パサパサになっちゃう。それこそプロレスを観て“あんなの八百長だよ”って言ってるようなもので、そこには何もないんですよ。それより紅白という場所に夢をみたり、スマホ片手に出演者にツッコミ入れながら観るっていう……大ボケ案件なんですね。だから紅白は逆に正しい。コミュニティが細かく分断されている現代の状況で、(個々の世界に入って)安心・安住の地を得てる状態は“解決”している場所。ここでは妙なストレスはないんです。だけど紅白は――僕はそう呼んでるんですけど――“未解決地”なんですね。選挙でいえば、全国一区みたいな感じで(笑)。だから、ああいう混沌とした並びになる。全国民を納得させなければならないっていう矛盾に、まだ取り組まざるを得ないっていうことなんですよね」(つづく)

⇒ 紅白歌合戦、歴代の出場者一覧はこちら



【プロフィール】
マキタスポーツ/アーティスト・役者として活躍中。これまでの出演作品に『ルーズヴェルト・ゲーム』『花子とアン』『みんなエスパーだよ!』などがある。近作は映画『ピンクとグレー』(全国順次公開中)、『アイアムアヒーロー』(4月23日公開)、『臨床犯罪学者 火村英生の推理』(1月24日放送スタート:日曜夜10時30分~ 日本テレビ系)。アーティストとして、マキタスポーツpresents FLY OR DIEの1stアルバム『矛と盾』が1月20日に発売される。


Dar'k~ness

Dar’k~nessことマキタスポーツが率いるマキタスポーツpresents Fly or Die。3月にはJin-Machineとともに東名阪ツアー「マキタスポーツ presents Fly or Die 『矛と盾』発売記念ツアー」を実施。
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マキタスポーツ
マキタスポーツ presents Fly or Die
『矛と盾』(CD)
1月20日(水)発売
COCP-39407
3,000円(税別)
日本コロムビア


マキタスポーツ
マキタスポーツ presents Fly or Die
『矛と盾 “Dark’~ness Special Version”』(LP)
1月20日(水)発売
LP COJA-9302
4,500円(税別)
日本コロムビア