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特集
2015.11.27
交差するアニメと音楽

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの音

アニメと音楽の関係をテーマにお送りした11月の特集もいよいよ最終回です。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズに対する、庵野総監督の音へのアプローチのお話など、今回もアニメ・特撮研究家で明治大学大学院客員教授の氷川竜介さんに聞きました。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの音

映画監督・庵野秀明は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの『序』『破』『Q』で原作、脚本、総監督のみならず、音響監督も務めている。それにはどのような意味があるのだろうか。

「そもそも人間は胎児の時から母親の心音をはじめ、音の情報を先に獲得しています。脳はまず音に刺激されて世界を知る。そして、赤ちゃんは生まれてからも目がなかなか見えない。見えたときも、まずは二次元としてしか世界を捉えられない。実際に動くことで三次元で空間を捉えられるようになるんですが、網膜に映る絵をどういう絵なのか処理する部位が脳にはあって、視覚は実時間とずれて脳に届いているらしいんですね。だから映像と比べると、音は伝わり方がダイレクトなんです。庵野さんが『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズで、ご自身で音響監督をやっている理由には、視覚より音のほうがコントロールしやすいという意味もあると思います。音の演出にはいろんなテクニックの選択肢があります。感情の変化を伝えるためにも、どのタイミングでどう切り替えるのか……それは音楽のタイミングなのか、効果音のタイミングなのか。あるいは“聞かせる/聞かせない”という選択なのかもしれない。事実、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』(2009年)のクライマックスは効果音なしで作られています。物語の終盤、シンジが綾波を助ける場面ですが、挿入歌の〈翼をください〉と台詞だけで勝負をした。音響スタッフと共に大変こだわられたようです。「全記録全集」用に取材もしましたが、普通は“台詞、音楽、効果音”と、三位一体で勝負する。この3つをどういうふうに上げたり下げたりするかという、3つの関数で勝負が決まる。そのうちの1つがない。ということは、2つの関数と3つの関数を比べると、3つなら8通りのパターンがあるのが、2つでは4通りしかない。“バランスが通常と異なる挑戦的なものだった”とスタッフさんは語ってましたね」

人間の生に根差す根源的なものに由来するがゆえに、映像表現にとって音楽は不可分なものなのかもしれない。

「ガンダムの富野監督も『∀ガンダム』(1999年)の頃から、“芸能”という言葉を、すごく強調して語られるようになりました。つまり、お祭り的なもの、みんなで同じものを見て、共有して気持ちを解放させる機能をアニメはものすごく持っている。知的な進化が行きつく処まで行き、それが“コンテンツ”と呼ばれるような、肉体がない、物質がないっていう意味あいになっていくことは危険がともなうと、僕も前々から思っていたんですが、富野監督もそういった意味で“コンテンツビジネス”って呼ばれるようなものに警戒心があったんだと思います。“コンテンツ”のような――それこそ“ヴァーチャル・リアリティ”という言葉が先端だった時期もありましたけど――しょせん人間は物理的な、食事して睡眠して排泄してという生理から逃げられない。実際に他人に触れるといった行為や、同じ空気と時間の共有といった、集団を構成しているものから、きっと逃れられない。気持ちを解放させるもの……電子装置が全くない時代の“歌舞音曲”のような、さらに文明がない時代、火の周りに集まってみんなが叫んで踊っていたような、そういう本能的な感覚ですよね。これは“聖地巡礼”と言われる、今のファンの行為にも繋がっているんじゃないかと思います。“脱コンテンツ”というか、コンテンツにないもの、“生”な感覚をみんなで求めている」

昨今、ニュースメディアなどでも話題にのぼる“聖地巡礼”だが、これも特集3回目の冒頭で書いた『ラブライブ!』などのアイドルアニメが表現しているような “2次元の世界と現実が交錯する新しいエンターテイメント”と同じ流れに位置しているのだろう。“本当に歴史は繰り返していて”と、氷川さんは映画が無声だったサイレントから、音がついたトーキーへ変遷していった時期の例を挙げてくれた。

「もともと映画って、舞台劇の末裔として出てきて、最初は、サイレントに伴奏があるところから始まった。それがトーキーになった時に、歌って踊れる映画俳優じゃないとダメだという風潮になり、役者が淘汰された。サイレント映画にも物語、台詞はあるんですが、弁士が台詞をつけるので、俳優さんは滑舌が悪くても顔がよければいいとか、決めポーズが重要とか、そういう世界だった。それこそ、“アニメっぽい”っていう言い方ができると思います。それがトーキーになった瞬間に “喋れない、歌えない”といった見方をされるようになった。そこで歌って踊れるミュージカル・スターみたいな役者が大きな注目を集めるといった転換が起こり、食い詰める役者さんがたくさんいて大変だったらしい。で、実は映画がトーキーになる直前、“映像でどれくらいのことが伝達できるか”っていう技術は非常に洗練されていたんです。構図の意味、カメラワークの意味、画面への人の出入りの意味……それは、科学の国でもある、ドイツと日本が先端を走っていたんですが、トーキーの出現で映画が言葉に縛られてしまった。そのことが“映像で伝える技術”を後退させたって言っている人たちもいるわけです。でもそれが実はアニメに残っていたりする。実写と違って、アニメはゼロベースから世界そのものを作り出さないといけない。映像派というか、アニメを作っている人達は、本能的にも“映像の科学”みたいなものを意識しているんです。そういった意味では、アニメは「究極の映画」なんです。科学的な手順による映像技術を備えている。それはCGも同じですが、フルCGアニメが台頭してきている中で、従来の手描きのアニメがどうなるのかなど、視覚的な表現はこれからまた試行錯誤の中で変化していくと思います。“生”のものと“人工”のものがぐちゃぐちゃとハイブリッド化しているような状況の中で、今回のテーマである“アニメに関する音楽や歌”については、(ボーカロイドはまた別として)音波自体がものすごく生のものである以上、 “ライブなもの”のシンボルとして残り続けると思います。ものすごく重要な役割だし、絵の表現もどんどん変わっていく中で、ずっと“変わらないもの”としてその価値は相対的に大きくなっていくのではないでしょうか」
(おわり)

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