ジャズ・ピアノの世界では「パウエル派」という言い方がある。お茶や活花の家元じゃあるまいし、それは無いだろうと思われるのはもっともだ。だが、僕らが聴き慣れたピアノ・トリオのフォーマットや、モダン・ジャズ・ピアノのスタイルを完成させたのがバド・パウエルだと知れば、なるほどと納得されるのではなかろうか。

バド・パウエルは、それまで脇役であるリズム・セクションの一員だったピアニストを、トランペットやサックスと同じジャズの主役に引き上げた。また皆さんご存知のベース、ドラムスを従えたピアノ・トリオの楽器編成も、1940年代の末にバド・パウエルが完成させたものなのだ。
右手でメロディ・ラインを圧倒的なスピードで弾きまくるパウエルの演奏は、まさに革命的だったため、彼以降のピアニストはいやでもパウエルのスタイルを踏襲せざるを得なかった。こうした功績のために、彼は「モダン・ジャズ・ピアノの開祖」と称され、その影響を受けたピアニストたちを「パウエル派」と呼び習わすようになったのである。

冒頭の曲《テンパス・フュージット》は「光陰矢のごとし」という意味で、バド・パウエルの天才性を見事に表した名演奏。単に早いだけでなく、聴いているうちに魔物に追いかけられているような切迫感を感じさせるコワさは、この人しか表現できない世界だ。

そのパウエルの奏法を基本にしつつも、それぞれの個性を際立たせているのが「パウエル派ピアニスト」と呼ばれた人たちで、その筆頭にあげられるのがウイントン・ケリーだ。彼の代表作である『ケリー・アット・ミッドナイト』は、抜群のノリの良さに独自の哀歓を絡ませた、ケリーの聴き所が凝縮された傑作アルバム。

パウエル派二番手は「名盤の影にトミフラあり」と言われたトミー・フラナガンがふさわしい。この人もバド・パウエルの奏法を基本とするが、ケリー同様独自の個性を生み出した。ひとことで言えば、都会的ソフィスティケーション、あるいは控えめの美学がフラナガンの持ち味だ。決してでしゃばらず、かといって華が無いわけではない彼の演奏がサイドマンにぴったりだったのはわからなくも無い。『プレイズ・ザ・ミュージック・オブ・ハロルド・アーレン』はフラナガンの洗練されたセンスが聴き所。

「名盤の影にトミフラ」なら「ハードバップの名脇役」はケニー・ドリューだろう。とにかく演奏を盛り上げ、フロント奏者を煽り立てることにかけてはドリューの右に出る者は無い。『ザ・ケニー・ドリュー・トリオ』はスウィンギーなハードバップ・ピアノの決定盤である。

通好みのピアニスト、バリー・ハリスもパウエルの圧倒的影響下にスタートした。『アット・ザ・ジャズ・ワークショップ』アナログB面1曲目《ロリータ》は、彼の洒脱な味わいが魅力的。アート・ペッパーのサイドマンで知られたハンプトン・ホーズもれっきとしたパウエル派で、『ザ・トリオ第1集』は彼の代表作。そして白人パウエル派の代表がアル・ヘイグだ。パーカーのサイドマンも務めたベテランで、文字通りパウエルに捧げた『バド・パウエルの肖像』では、《バウンシング・ウィズ・バド》などパウエルにちなんだ曲を取り上げている。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

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