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特集
2016.12.27
BOØWYが作り繋いだバトン

BOØWY特集 後編 「次世代へのバトン」

2回連載でお届けしているBOØWY特集。後編は彼らが起点となり、90年代以降のバンドやその後の日本の音楽シーンに与えた影響について検証します。

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前回の原稿で「BOØWYは日本の音楽シーンの分水嶺のような存在」だと書いた。それは彼らの登場を機に、アイドルやニューミュージックが主流だった時代からロックが最大勢力を形成する今の状況に移行したということで、彼らが果たした役割は計り知れない。今回はそんなBOØWYの影響力――彼らが90年代にブレイクしたバンドに引き継いだもの、そして現在まで続く痕跡について考察したい。

前回、BOØWY最大の功績は“ジャパンオリジナルのロックを提示したこと”と書いたが、(親しみやすい)キャッチーなメロディに、パンクやニューウェーブといった洋楽ロックのテイストをまぶした彼らのスタイルはあまりにも斬新で、明快だった。それゆえ当時はさまざまな評価をされることになるのだが、いま考えるとはっぴいえんどの時代から連綿と協議されてきた「日本語でロックを演ることは可能なのか?」という日本語ロック論争に引導を渡したのがBOØWYと言えるかもしれない。つまり「BOØWY=日本語ロックの最適解を示したバンド」であり、実際彼ら以降その手の議論は一切聞かれなくなる。

その日本語ロックの誕生に際して忘れてはならない人物がいる。佐久間正英である(2014年、がんのため逝去)。
佐久間は音楽プロデューサーとしてBOØWY3枚目のアルバム『BOØWY』(’85)に関わり、次作の『JUST A HERO』(’86)にはサウンド・アドバイザーとして参加した。バンドの本格的なブレイクはさらに次作の『BEAT EMOTION』(’86)を待つことになるが、彼らが爆発的な人気を獲得するためのBOØWYサウンドの原型を作ったのが佐久間ということはまず間違いない。
本稿のテーマである「BOØWYが90年代のバンドに引き継いだもの」に答えるには、BOØWY以降に佐久間がプロデュースしたバンドを挙げれば一目瞭然である。GLAY、ザ・ブルーハーツ、ジュディ・アンド・マリー、エレファントカシマシ、黒夢、くるり、L’Arc~en~Ciel……日本のロック史を彩るキラ星のような面々。佐久間はBOØWYとの共同作業でつかんだ手応えを元に次々とロックバンドのプロデュースを手掛け、彼らをメジャーシーンに押し上げていった。それは次第にチャートの大勢を占め、いつしか“J-POP”という新たなジャンルを形作ることになる。

BOØWYサウンドの生みの親である佐久間について考えていくと“ドメスティック”というキーワードが浮上してくる。佐久間はかつて海外でも人気を博したテクノバンド、プラスチックスに在籍していた。インターナショナルを知る彼だからこそ客観的に“日本らしさ”を捉えられる視点があったのだろう。
それがBOØWYとの出会いによって、開花した。彼らがその後の音楽シーンに与えた影響は絶大だった。

それまで日本の音楽はアメリカやイギリスの動向をにらみながら制作されていた。いかに海外のクオリティに肉薄できるか。音楽の手本は常に海の向こう側にあり、それらを日本人である自分たちがどのように表現するかという翻訳文化のような側面がロックの世界にはあったのだ。
だが“日本人の日本人による日本人のための日本語ロック”が確立されたことにより、日本人の洋楽コンプレックスは次第に減退していく。わざわざ洋楽を聴く必要はなくなり、日本のロックを聴いて育った世代が日本のロックに影響を受けた音楽を創るという傾向が鮮明になる。BOØWY以降、邦楽は日本独自の進化の道を歩んでいくことになるのである。

BOØWYはパンク/ニューウェーブの影響下にあったが、ファッションやビジュアルに関してはニューロマンティック(ジャパン、デュラン・デュランなど)やゴシックパンク(バウハウス、スージ・アンド・ザ・バンシーズなど)などの動きと同調していた。男性もメイクを施し、耽美的で退廃的な世界観である。
それらはBOØWYによって日本に持ち込まれて以降、怒涛の発展を遂げていく。BUCK-TICK、X JAPAN、LUNA SEA、GLAY、L’Arc~en~Ciel、黒夢、THE YELLOW MONKEY、SHAZNA、MALICE MIZER……名前を挙げればキリがない。グラマラスでミステリアス、ゴージャスかつデカダンスな美学と変身願望。それらはある種の風俗として根を下ろし、華やかなロックのイメージを定着させることになる。

こうした流れはさらに進化を遂げ、一部はコスプレ文化やアニメソングとも接近して、今やCOOL JAPANに欠かせない要素になっている。BOØWYが端緒を開いた日本独自のカルチャーは独自な進化を遂げたがゆえに、逆に世界中から注目を集めながら今に至っているのである。

そのようなことを考えていくと、BOØWYというバンドは極めて日本的な存在だということがわかってくる。ドメスティックであるがゆえに、世界的に見ると異端の突然変異種。だがそのカッコよさも、美意識も、生き様も、音楽性も、私たちの中にあるものだ。改めて自分の血の中に“BOØWY的なもの”が染みついていることに気付かされるのである。

(おわり)

文/清水浩司





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