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encoremode
2020.02.07

スピーディーで柔軟に、動き方を進化させていきたい――「MAIDENS SHOP B」ディレクター平沢達哉氏インタビュー

今の「MAIDENS SHOP (メイデンズ ショップ)」の裏側でありレコードでいうB面、これまでとまったく違ったアプローチを仕掛ける「MAIDENS SHOP B(メイデンズショップB)」が昨年11月にオープンした。ファッションとの出会いからメイデン・カンパニーの小売業態を確立するまでの道のり、好きなものを具現化した新ショップオープンに至る経緯について、メイデンズショップの統括バイヤー兼メイデンズショップBのディレクター、平沢達哉氏に話を聞いた。

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ゲストスピーカー

平沢達哉(ひらさわ たつや)
1986年生まれ。大手セレクトショップ勤務後2008年に株式会社メイデン・カンパニー入社。「MAIDENS SHOP」「well-made by MAIDENS SHOP」バイイングの統括を担う。2019年11月、新たに「MAIDENS SHOP B」をスタート。

モデレーター

encoremodeコントリビューティングエディター 久保雅裕
ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。



売り上げは一旦置いておいて、自分の今を表現したい

――新店舗をオープンされた経緯を教えてください。

「メイデンズショップBがオープンしたこの場所には、かつてメイデンズショップがありました。今はおかげさまで大きくなり移転しましたが、この空間は自分にとって原点のような場所です。メイデンズショップは、海外国内問わずトレンドを取り入れながら新しいブランドやデザイン、品質の面でも良いものをセレクトしていて、そのスタイルのベースはアメカジ。またモードと言われるブランドや一見アメカジに見えないものをどのようなスタイリングでアメカジっぽく提案できるかというテーマも持っています。僕自身昔から洋服が好きで新しいブランドやデザインに興味がありますが、好きなものだけをショップで表現していくとなると、売り上げを取れずその想いは交わりにくい。昔からパンクロックが好きなのですが、このテイストもメイデンズショップにあるようなブランドで例えば”コモリ”の世界観にどう混在させていくのかは難しいですし、ボロボロの古着を売るとなると他ブランドとの並びに問題がある。単純に売り上げはおいて、好きなことをカタチにできる機会はないものか長年考えてきました。おかげさまでメイデンズショップが順調に大きくなり軌道に乗ってきたこともあって、自分の今を表現してみたいと会社に提案しました。去年の9月に企画書を出して、2ヶ月後の11月にオープンする運びになりました」

――すごいスピードでのオープンですね。

「この場所自体は、メイデンズショップが移転してからもイベントスペースや倉庫として使っていましたし、アンティークショーなどで買い付けていた商品ストックも多く、お店をオープンするための準備は充分でした。店内には、ロックや骨董品、インディアンやネイティブ系など、とにかく自分が好きなものを並べています。最高級のものを見つけるとか価値の有る無しは一切関係なく、僕自身の年齢が感じるフィルターの中で良いと思うものだけを集めています。メディアの方を始め、同業の方にはかなり面白がっていただけていることはとても嬉しいことです。メイデンズショップもそういうところから盛り上がってきたので。メイデンズショップでは出来なかった新たな刺激によって、今までとは違うベクトルで物事が進められたり、次の可能性や方向性が見えてくるかなと。それ自体が会社全体のプロモーションでもあります。大手のセレクトショップとは違って多店舗展開をしていくような会社ではないので好きなことをできる範囲でやっていくスタンス。僕自身、小売事業の統括をしているので、実際にはなかなか店を空けられていないことも(笑)。週に2、3日オープンと自由にやらせていただいています」

どのテイストを着ても抵抗はないし、自分のスタイルは変わらない

――平沢さん自身がファッションに関わっていくことになったのはいつ頃からですか?

「よくある話ですが、高校生のときに一歩先を行っているというか、洋服やカルチャーについて知識がある先輩や仲間から教えてもらったことがきっかけ。まだ携帯も持っていなくて、情報は人づてか雑誌でしか知る方法はなかった。僕の地元は相模原なのですが、いつも町田の古着屋に行って掘り出しものを安く見つけていました。古着から教わったことも多かったですね」

――古着に抵抗がない世代ですよね。

「僕らは”ゆとり”と呼ばれる80年代後半生まれ。物心ついたときにはバブルが弾け、いじめや自殺など暗いニュースが多かったように思います。それらが問題になっている時期に思春期を過ごしているので、よく先輩方からもキラキラ感がないと言われていましたね(笑)。派手なことはできなくて保守的。僕自身守りに入るタイプでしたので、アグレッシブな先輩たちには憧れがありましたね」

――高校卒業されてからは、文化服装学院に進まれた。

「そうですね、僕は実家から学校に通っていましたが、地方からファッションを学びに出てきている人たちの情熱というか熱量に圧倒されて、どこか冷めてしまった時期でもあります。将来はどうしていこうとかは考えられなくなってしまい、とりあえず大きい会社に入ろうと新卒でベイクルーズに入社しました。その後は、ジャーナルスタンダードの横浜店に配属になり、次に新宿の路面店に異動しました。ベイクルーズにいたのは約2年間でしたが、とにかく濃い時間でした。たくさんの先輩に出会えたことで知識や情報も勉強でき、冷めかけていたファッションへの情熱が再燃。ジャーナルスタンダードにいたときにトラッドブームを経験し、アメカジファッションが好きになりましたね。今思えば若かったこともあって勢いで辞めてしまいましたが」

――ベイクルーズ退社後、メイデン・カンパニーに入るわけですね。

「何も考えずに辞めてしまった後は、好きなブランドの品質表示タグに書いてある輸入元にとにかく問い合わせて就職活動をしていましたね。どうしようか考えていたとき、当時GMTという会社に同級生が働いていて、GMTの社長と弊社メイデン・カンパニーの社長が中学の同級生で会社間に交流もあったこともあり、紹介していただく流れでメイデン・カンパニーに履歴書を送りました。当時自分の好きなアメカジテイストの会社でしたが、ベイクルーズに入社していなかったら出会えていなかった会社でもありますね」

――ベイクルーズの影響は大きかったわけですね。

「そうですね。とくにファッションで受けた影響は大きかった。ベイクルーズに入社する前までは、ヴィアバスストップで買い物をしていましたし、”ヘルムートラング”や”ラフシモンズ”、”マルジェラ”が好きでしたね。ベイクルーズに入ってからはアメカジへシフトしたこともあって、高校時代のストリートや古着時代を含めると短期間で一通りさまざまなスタイルを経験したことになります。凝縮したファッション遍歴は、今振り返ると良かったこと。着方は変わりましたけど、どれを着ても抵抗ないのが強みです。自分のスタイルは変わらないですから」

単純に好きなものを直接届けたいとか接客したいとかそういった初心に帰るような感覚

――メイデンに入社してからは、どのような経験をされてきたのですか?

「2008年に入社してからは、この場所でメンズとレディスの商品を売っていました。メイデンズ・カンパニーは卸事業が主の会社ですので、小売に関しては微々たるところから始まりました。店内は自社の取り扱い製品を並べているような状況で、買い付けもしていなかったんです。当時女性の先輩がいたのですが、新しくレディース店舗をオープンすることになり、ついに僕しかいなくなって、”もう好きにやっていいよ”という会社の方針がターニングポイント。販売しか経験がなかったのですが、急に店長やバイヤーを任されたので最初は大変でしたね。急にひとりで海外にバイイングに行くこともあり、失敗も多かった。経験しながら学んで行くことばかりでしたね。でも若かったので恐れるものはないというか、人に聞くことに抵抗も恥ずかしくもなかった。とくに当時”フィルメランジェ”のディレクターをしていた尾崎さんには、先輩後輩としてたくさんのことを教えてくれました。社外の方ですが、人としてかなり面倒を見てもらいました」

――急に仕入れをするようになったきっかけは何だったんですか?

「会社から言われたわけではなく、僕から提案しました。セレクトショップとして成立させていきたいと伝えましたし、自分自身が新しいことにチャレンジしたい時期でもありました」

――まさにメイデンズ・カンパニーの小売業態を平沢さんが切り開いていったような印象です。

「もちろん僕だけの力ではないですが、僕の言葉を信じて聞いてくれた会社の懐の大きさもあったり、後から入ってきた後輩の頑張りもあります。ゼロのようなところから始めて、今はここまで成長しているので感慨深いです」

――その流れが新しいメイデンズショップBのオープンに繋がっていくと。

「いつからか春夏と秋冬というコレクションのルーティンに違和感を感じ始めて。取り扱いのブランドが増えたこともあり、ひたすらオーダーシートを書いていくような事務的な作業の多さが目立ち、物足りなさがあったのかもしれません。まだメイデンズショップが小さかったときは、自分が買い付けたものを直接お客さんに販売していましたので、ダイレクトにその楽しさを感じられていた。キャリアを積むほど立場的にも難しくなっていたので、今は単純に好きなものを直接届けたいとか接客をしたいとか、そういった初心に帰るような感覚です」

――今は他のバイヤーとも役割分担をされているのですか?

「最終的には店舗のバイヤーに選んでもらうのですが、商品のMD的なアドバイスや数字の面でチェックしています。僕からも良いと思うブランドは提案もします」

――今後予定されていることはありますか?

「この店は古着屋ではないので、新品で新しいものを探していきたい。また、オリジナルとは違いますが自分たちで何か作りたいなと思っています。Tシャツやグッズなど自分たちが納得できるものが出来れば、自店以外でもきっかけがあれば展開していきたいですね。それは日本ではなく、海外のショーシーズンに合わせて在庫を持って行ってそこで売るようなイメージ。今はやっと自分の頭の中を具現化できるようになったタイミング。これをやるとかあれをやるとか決め込むのではなく、その時々でスピーディーかつ柔軟に動き方を進化させていきたいですね」

レジ横には骨董品やアンティークショーで買い付けたものが並ぶ

シェーカー教と呼ばれるキリスト教の団体がつくっていた「シェーカーボックス」

音楽や芸術を愛し特定のテーマからアンダーグラウンドなムードを洋服に落とし込む、ドイツ・ケルン発の「NEON LOBSTER CLUB」のTシャツ。日本初の取り扱い

ハンガーケースも店のために買い付けたもの

メイデンズショップB 外観
「MAIDENS SHOP B」
東京都渋谷区神宮前2-20-11 1F



サマリー

メイデンズショップBには、パンクロックとインディアン、アメリカンヴィンテージが混在しながらもディレクター平沢氏のフィルターによって統一感のある空間に仕上がっている。スタイルに決まりはなく、気分や好みで変わっていくという。営業日は毎週木・金・土の3日間で、昼の13時から18時までと自由なスタイル。積み重ねてきた経験と自分を信じる強さがあれば、自由という無限の可能性を秘めたフィールドに恐れなどない。ファッションに対して常に真摯に、柔軟な視点で取り組み続ける姿勢に今後も注目していきたい。

(おわり)

取材/久保雅裕(encoremodeコントリビューティングエディター)
文・写真/成清麻衣子



成清麻衣子(なりきよ まいこ)
文化服装学院卒業後、PR会社を経て2016年に独立。企業のコンサルティング業務の他、ファッションやビューティーなど幅広い分野で、ライターとしての活動を開始。PR経験を活かした企業のプレスリリースやウェブサイトのライティング、カタログ制作も行う。





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