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特集
2016.01.29
歌謡曲からJ-POPの時代へ

ジャンルを越えて

2月のテーマである“歌謡曲”というジャンルとは、そもそもどこから来たのか?そしてゴダイゴの名曲誕生秘話、そして改めて振り返る歌謡曲の時代――タケカワユキヒデさんをお迎えしてお送りした1月特集後半もいよいよ最終回です。音声版では、タケカワさんのトークをたっぷりお楽しみいただけます!

ジャンルを越えて

前回、70~80年代の音楽番組出演時の思い出を語ってくれたタケカワさん。最終回となる今回は、まず当時の経験から導き出した、タケカワさんが思う“歌謡曲の定義”から語っていただこう。

「歌謡曲というのはもともと、クラシックや民謡といった歴史的にずっとあったものではなくて、『今作りましょう』と言って作った音楽を歌謡曲と呼んでいただけなんです。“歌謡曲”っていうジャンルがあったわけじゃないんですよ。なので、本来の定義では今のロックだって何だって、歌謡曲と呼んで構わないんです。ジャンルで分けていたわけではなくて、商業用の音楽を全般的に歌謡曲と呼んでいたんですね。それがどうしてジャンル化されていったかと言うと、やはり70年代、自分たちは歌謡曲じゃないよっていう人たちが出てきたことが大きいと思いますね。フォークだったり、僕たちみたいなロックだったり。そういう新たなジャンルが出てきたことで、結果的に歌謡曲の幅がどんどん狭くなっていったんだと思います。同じような例で言えば、演歌っていうジャンルもだいぶ後になって名前がついたものですからね。当時は僕らもあまり知らなかったですから」

当時は商業向けの音楽という意識が色濃かったという歌謡曲。それは、作曲家や作詞家を含め職業作家の作る音楽が大半を占めていたことも無関係ではないだろう。その中でゴダイゴは、ほとんどの楽曲をタケカワさんが作り、自分たちで演奏していたという点で、当時としてはマイノリティだった。一方で、『西遊記』の主題歌となった〈ガンダーラ〉や〈モンキー・マジック〉などが、お茶の間に浸透し人気が爆発。こうしたバランスで活動していたのは、当時でも稀有だったのではないだろうか。

「僕らはラッキーだったんですよ。その頃はデビューが決まった途端に作詞家さんや作曲家さんが作った曲を歌わされるのが普通だったのが、僕らは自分たちの曲でそのままいけたので。そうは言っても、〈ガンダーラ〉を出す前までは全然売れてませんでしたけどね(笑)。ソロデビューの時から僕は本当に作ることしか考えていなくて。しかも本気でアメリカのチャートで勝負したいと思っていたから、それまで出していたのは全部よくわからない英語詞の曲(笑)。それが、このままだと事務所の先行きが大変だっていうことになって、そんな時に『西遊記』の話をいただいたんです。これもラッキーでした。ただ、テレビ番組の主題歌ですから当然日本語にしないといけない。〈ガンダーラ〉は僕らが最初に出した日本語詞のシングルなんですよ」

英語詞から日本語詞への変更のほか、テレビにも積極的に出演していくことにした流れで、もうひとつ大きな変化があったという。 「僕はそれまでずっとキーボードを弾きながら歌ってたんですよ。ミッキー(吉野)とのダブルキーボードのバンドってことだったんですけど、テレビに出ることになった際、ミッキーが『テレビ映えするのはボーカルが前にいることだ』と言い出し、『タケ、申し訳ないけどボーカルとしてマイクを持って前で歌ってくれ』ってお願いされて。え、そんなことやったことない! すげえ恥ずかしい!っていう(笑)。今までやったこともないことを、いきなりテレビの前でやらなきゃいけないわけですから、それだけでもう大変。マイク持って歌わなきゃいけないし、歌ってる時の表情にも気を遣わなきゃいけないし。毎日ヘトヘトでした(笑)」

「ガンダーラ」や「モンキー・マジック」といった曲たちは今も歌い継がれる名曲だ。なかでも「ガンダーラ」には、実はユニークな制作秘話があるのだという。その知られざる誕生エピソードを語ってくれた。

「その当時、僕の個人的な興味として、エキゾチックなものに惹かれてたんですよ。〈ガンダーラ〉を作る2年くらい前に、たまたまアジア系民族音楽のフェスティバルで雅楽を聴いた時に愕然としちゃって。雅楽ってお囃子のイメージがあるかもしれないけど、あれを音楽として聴くとすごくかっこいいんですよ。それまでずっとアメリカやイギリスの音楽に憧れていたのが、そこで雅楽を聴いたことで、アジア系の音楽も捨てたもんじゃないなって思うようになって。で、『西遊記』の時にはそういうものをやりたかったんです。ちなみに、当時のゴダイゴの曲の作り方としては、奈良橋陽子さんに英語で歌詞を書いてもらって、それに曲をつけるっていうのがパターンだったんですよ。だから洋楽っぽく聞こえるんですけどね。ただ、『西遊記』の場合はアジアのエッセンスを入れたいなと思って。なので、奈良橋さんに、何かアジアの言葉を入れてくださいってお願いしたんです。それだけで違うメロディが浮かぶような気がしたので。けれども奈良橋さん、カナダで育っているからアジアのことはひとつも知らないって言って(笑)。これはどうしようと思っていたら、奈良橋さんが思い出したように1個だけ知ってる!と。彼女、大学は日本で通っていて、そこで東洋美術史をやっていて……それが例の、ヘレニズムのガンダーラですよね。ギリシャの彫刻文化が仏教文化の中に入って初めて仏像ができたっていう。“こういうの?”“そうそう、こういうような言葉が入っているのをお願い”っていう話をして、3日後に〈ガンダーラ〉が届いたんですが、そのまんま〈ガンダーラ〉だったっていう(笑)。しかも、ユートピアになってる(笑)。どうしようって思ったけど、〈ガンダーラ〉以外にもいろんな歌詞が届いていたので、とりあえずじゃんじゃん作りました。その中のひとつが〈モンキー・マジック〉だったりもします。さっき、僕はアメリカのチャートで勝負したいと思ってたと言いましたけど、結果として〈ガンダーラ〉はイギリスでヒットして。『西遊記』はイギリス、オーストラリア、ニュージーランドで放送されたので、〈ガンダーラ〉や〈モンキー・マジック〉と言って知らない人はいないくらいなんですよ。そういう意味では、最初の志を少しは達成できたかなと思いますね(笑)」

ジャンルの枠に捕われることなく、自らの音楽を極めると同時に大衆の心を掌握してきたゴダイゴ。当時、それこそゴダイゴが出演していた音楽番組には、歌謡曲の人も演歌の人もロックの人も一堂に会し、いい意味での混沌とした様子がお茶の間に届けられていた。

「すごいことですよね。たぶん、多くの人が奇異だなと思いながらテレビを見てたと思いますよ(笑)。でも、それも見ているうちに、だんだんと慣れていくっていう。僕らも慣れちゃいましたから。演歌の人たちと一緒に出てても、全然ヘンだと思わなかった。今、そういう混沌とした番組は『NHK紅白歌合戦』くらいですよね。それを当時の僕らは毎日やってたんですよ(笑)。なんて楽しかったんだろうって思います。え? それを観てる側も夢があった? それは嬉しいね。僕自身も、テレビに出る前はずっと夢を見てやってきたわけですよ。そういう自分が見てきた夢を、今度は自分がテレビに出ることでいろんな人たちに届けることができたのかな。だとしたら、こんなに嬉しいことはないね」



1月のUSENでは「B-57 エヴァーグリーン J-POP/洋楽」でゴダイゴを特集
⇒ 「B-57 エヴァーグリーン J-POP/洋楽」


USENのトーク番組「昭和ちゃんねる」では、毎週金曜日にタケカワユキヒデさんがMCを務めています
⇒ 「I-51昭和ちゃんねる」