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2019.05.22

【対談】ブランドの成長を支えるキーパーソン――セールスエージェントの役割を問う

第2回「human」企画特集のテーマは「セールスエージェント」。そのネットワークと販売力でデザイナーブランドの営業活動に貢献し、成長を支え、国内外で存在感を増している。現場の第一線で実績を積んできたふたりに、セールスエージェントの役割を聞いた。

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ゲストスピーカー

オフィスワダ 代表 和田有史
服飾専門学校を卒業後、1990年、株式会社エルカ入社、ケンゾー事業部に。その後、マサキマツシマインターナショナルやイザベルマランのインポーター、F.I.B.O.、カットソーメーカーのエイガールズを経て、セールスエージェントのラインズシステムでドレスキャンプを担当。さらにネストクリエーションラボでサカヨリ、タロウホリウチ、マトフを手掛ける。2016年、独立。主要な取り扱いブランドはアローブ、ジュンオカモト、パノルモ」など。

株式会社ブルーフィールドジャパン 常務取締役 中原貴志
1997年、株式会社ライカ入社。海外事業部でケンゾーオム、ドリス・ヴァン・ノッテンなどに携わる。翌98年、株式会社イーボルのミハラヤスヒロ事業部へ。さらに翌年、有限会社ソスウ設立。2009年からニューヨーク留学。2010年、株式会社ギャラリー・ド・ポップの海外事業部マネージャーとしてNYオフィス、パリオフィス開設に携わる。2014年、株式会社シングルス設立、レキサミ、チカキサダ、ダブレットなどのセールスを担当。2016年、株式会社ユナイテッドヌードで常務取締役を務めるとともに株式会社ブルーフィールドジャパンで現職。カラー、チカキサダ、レキサミ、ディスカバード、チノの国内および海外セールスを手掛ける。

モデレーター

encoremodeコントリビューティングエディター 久保雅裕
ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

営業から拓けた可能性

――おふたりのファッション業界でのキャリアからお聞かせください。

和田「アパレルと関わって30年ほどになります。19歳で右も左も分からないままいきなりケンゾーに入り、仕事のイロハ、ニホヘトまですべて勉強させていただきました。経営母体が変わったタイミングで退職し、営業の仕事を中心に15年間ほど経験した段階で独立してセールスエージェントになったのです。その後は会社に所属した時期もありましたが、現在はフリーで若いブランドを中心に支援しています」

中原「僕が最初に勤めたのがライカなんです。海外事業を担当して、2年後にミハラヤスヒロの立ち上げに参加しました。まだソスウインターナショナルという会社になる前、靴問屋の一事業部だった頃で、ゼロからブランドを作っていった感じです。ソスウには十数年いて、その後はギャラリー・ド・ポップを経て、5年前にセールスエージェントとして独立しました」

――和田さんがセールスエージェントを始めた頃の小売業はどんな感じでしたか?

和田「自主編集やセレクトといった概念がほぼない時代で、フランチャイズに近い形態の店が中心でした。1泊2日で展示会に来て、半年分のオーダーを付けるといったケースがほとんどでした。面白いブランドを扱っている大手小売業には、“自分たちのブランドもここで育ててもらおう”というスタンスでアプローチして、展開していただいていました。そういうやり方をしていた時代でしたね」

――ショールームでもお仕事をされていましたよね。

和田「ネストクリエーションラボとラインズシステムにいました。ラインズシステムに入った時はちょうどドレスキャンプが立ち上がるタイミングで、アトワンズがブランドを運営し、セールスの部分を僕が担当したんです。ラインズシステムは創業時から骨董通りにショールームを持って、ブランドの展示会も行えるようにしていました。そういうビジネスモデルは海外にはあったんですけど、日本ではラインズシステムが草分けです」

――中原さんはどんな流れで現在のような仕事のスタイルになったのですか?

中原「ライカでは海外事業、ソスウではミハラヤスヒロ以外に英国のユナイテッドヌードなど海外ブランドも担当していました。それもあって、バイヤーから“セールスをやってくれないか?”“面白いブランドはないか?”といったお話をよく受けていたんですね。ただ企業に所属する身なので、紹介はできないじゃないですか。だから“このブランドは良いと思いますよ”といった答え方をしていたのですが、そのブランドが大きくなっていくということが頻繁にあったので、これは仕事になるかもしれないとは漠然と思っていました」

――そしてギャラリー・ド・ポップへ?

中原「その前の1年ほど、海外に行っていました。コレクションでいろんな国のバイヤーと出会えても、通訳を介していると同じタイミングで笑うこともできない。それがすごく嫌で。英会話のレッスンに通っても上達しなかったので、2009年に会社を辞めてニューヨークに渡ったのです。営業の外注ニーズが増えていて、今後は国内外にも対応する営業力が求められると感じていたので、帰国後はいずれはセールスエージェントを始めたいなとは思っていました。その前にソスウよりも規模が大きい会社で、こういうことをすればこれぐらいの売上ができるということを確かめておきたかったんですね。ちょうどギャラリー・ド・ポップが海外事業を立ち上げることになり、マネージャーとして4年間在籍しました。現在はユナイテッドヌードの日本法人の仕事と並行してセールスエージェントとして活動しています」



ブランドに寄り添う

――ファッション業界では、セールスエージェントが随分と増えました。

和田「いろんな個性があって、良いことだと思っています。そもそも僕の営業スタイルはイレギュラーなので、競合とは思っていないんですね。セールスオンリーではないというか。ほとんどの仕事が、“物は作れるけれど、作ったサンプルをどうすればいいのか分からない”といった人たちを教えるところから始まります。生地を買ったら明細を見ながら、なぜこんなに買ったのか?、残ったらどうするのか?といった経理面のアドバイスもしています」

中原「僕も和田さんと同じく、いろんなタイプのセールスエージェントがいていいと思っています。僕もどちらかというと、ブランドに寄り添っていくタイプです。自社ショールームもありますが基本的にはユナイテッドヌードで使っているので、ブランドの展示会場に行って営業するというスタイルをとっています。取引先は単独で見せたいというブランドばかりなので、営業スタイルもブランドに入り込んでいくことが大事になります」

――僕のところには多くのブランドからセールスエージェントを探しているという問い合わせがあります。なぜこの時代にセールスエージェントが求められているのでしょうか。

和田「売り方が分からないというのが第一かと思います。特に最近は海外で洋服の勉強をしてきた人が多く、作り方はすごく分かっているんです。でも、分かっていないことが、大きくはふたつあります。テキスタイルの集め方と営業の仕方です。テキスタイルはブランドを立ち上げると自ずと情報が集まってくるので、買うことができるのですが、営業はなかなか……。それがセールスエージェントに依頼するいちばん大きな理由ではないでしょうか」

中原「あとは、売り上げが無い頃って、営業をひとり雇うだけでコストが大変じゃないですか。セールスエージェントやショールームが無かった頃は、営業を誰かに頼むことは、その人を囲うということでした。セールスエージェントが出てきたことで、条件は固定費とか、固定費プラス歩合とか、歩合のみとかあっても、ひとりを囲うよりはコストを抑えられるようになった。それがいちばんのメリットなのでは。ただ、魔法使いのように思われても困るな、とは思います(笑)。そんなにうまくいくパターンはひと握りだからです。ブランドに伸びしろとか時代を読む力がないと難しいので……」

和田「僕もそう思います。展示会を開けば100人ぐらいは来場者があって、20~30件は決まってと。冗談抜きに、本当にそう思っている人は多いです」

――固定費をとっていると余計に、うまくいかなかった時は落胆も大きいのでは。

中原「当社は固定費をとっていないんですよ」

和田「僕は歩合をとらずに、固定費だけでやっています」

――真逆なんですね。和田さんはコンサルティングもするから固定費なのですか。

和田「そうですね。基本的に1年更新にしています。ブランドって変化し続けるじゃないですか。作る洋服も、デザイナー自身も変わっていきます。例えばデザイナーがひとりでやっているブランドがあって、パートナーができると、そのパートナーがお金のことやビジネスのやり方にうるさい人で、横からいろいろ言い始めた結果、関係がぎくしゃくするとか。いろんなことがあるんですね。なので、複数年での契約はせずに、単年ごとに細かく見直していき、契約が切れる3ヵ月前には継続かどうかを話し合って決めるようにしています」

――ブランドに対して、ここはきちんとやってほしいということはありますか。

和田「洋服を作りました、売れたいですという人はたくさんいますが、それは金額にするといくらなのか。どういうところに並べたいのか。そう尋ねると10、20の場所を挙げてくるんですけど、テイストがばらばらなことが多いんですね。ここに絶対に置きたいというのは、ひとつでいいんです。ブランドと並べたい場所がちゃんとリンクしていないと、作るものはブレていきます。そこだけはいつも第一に確認しますし、最も話し込むようにしています」

中原「僕は哲学があるか、だと思うんです。こういうことを表現したいというものが無いと、企業デザイナーと変わらなくなってしまいます。流行りのテイストを入れ過ぎたり。でも、デザイナーズブランドとして売っていきたいと言う。名前を売りたいとか、華やかな世界に身を置きたいとか、そういう気持ちも大事なんですけど、それが作りたいものを超えてくるとどうしても矛盾が出てきます。本当にやりたいことを明確に持ってほしいですね」



問われるバイイングの覚悟

――国内のファッションビジネスが厳しい状況とそれに対して海外市場についてどう考えていますか?

中原「当社は国内営業のみの取引先もあれば、海外のみ、内外両方というケースもあります。今は海外の方がバイヤーにパワーがあると感じています。国内の場合は最近、本当に良いブランドだと思っても“もう1シーズン見せて”となって、だいぶ火がついてから買い付けるケースが多いですね。それだと消費者と変わらないんじゃないかなと思うことはあります。ひと昔前のバイヤーのほうが“すごく良いから一緒に育ててやるよ”という感じの方が多かった気がします。今はバイヤーとしての気概というか生き様みたいなのは海外の人の方があって、1回見に来て本当に良いと思えば、その場で買い付けていきます」

和田「僕は国内の営業サポートに特化しているのですが、10年ほど前から常に危機感がありました。バイヤーも過去のデータは持っているんですけど……。たとえば、前年はトレンチコートが100枚売れ、会社からは120枚とってこいと言われました、それで前年に100枚売れたブランドで100枚はオーダーして、残りの20枚を探しているのですが良いブランドはありませんか?そういうやりとりから入ることが多々あります。また、展示会場で商品の写真を撮って、週末にお客さんを店頭に呼んで写真を見せて、買いたいと言われたものを軸にオーダーするといったことも。結果、そのブランドが店頭に並ぶ確率はとても低くなる。このような状況を誰も変えられないとしたら、卸に頼らないブランドビジネスを構築していかないといけない、という思いはあります」

――オーナーバイヤーには、かつて面白い人たちがたくさんいました。今はどうですか?

和田「少なくなったと思います」

中原「僕も同感です」

和田「20年ぐらい前は、オーナーバイヤーが自ら、いろんなブランドを発掘してきていました。今は環境が変わって、洋服や服飾雑貨の代理店が増え、ネットでも買うことができます。便利になって、新しいものに出会おうという気持ちが薄まったのかな……。それと、ネットの浸透によって、価格の調整も難しくなりました。以前のセレクトショップは顧客をとても大事にして、セールは8月頭からしかやらないなど、店の姿勢を示していました。今、そうしたとしても、ネットで6月や7月にオフを始められるとどうにもなりません」

中原「セールに縛りをかけているブランドもあるけれど、他のブランドではセールが始まっているので、お客さんが先にそちらで買ってしまうんですよね。それで最終的な消化率が下がって、次のオーダーに響くことになる。ブランドの情報も、どこからでもみんなが得られる時代です。以前はオーナーやバイヤーがブランドを見つけてきて、その魅力をお客さんに語って買い上げになっていましたが、今は“見つけてきた”と言っても“知ってますよ”みたいな感じになっていることが多いと思います」

和田「逆もあります。お客さんが雑誌やインスタグラムの写真を見せて、“このブランド、知ってますか?”と尋ねてくるケース。でも、店側が知らなかったりする。バイヤーがその場で僕に電話をかけてきて“知ってますか?”と訊かれたのは、この数年でいちばん衝撃的な出来事でした」

――そういう状況の中で、これからはどんなバイヤーが求められてくるでしょうか。

和田「リスクを厭わない人でしょうか。消化率100%はまずあり得ないじゃないですか。ブランド側も、たとえば100着のサンプルを作って全て売れることはありません。見せるものと売っていくものの比率は必然的にあるからです。見せる部分、つまり店の顔の部分に新しいブランドをどうやって持ってくることができるか。今は市場の反応が読めるものをウインドーに持ってこようとしますが、以前は誰も知らないブランドを並べられることが店の価値でした。そういうリスクを負えるかどうか。店の覚悟の問題だと思います」

中原「僕もそういうことは必要だと思います」

――なかなか聞けない現場のお話も伺えて、セールスエージェントになりたいという若い人にはとても勉強になったと思います。ありがとうございました。

(おわり)

文/宮下政宏
写真/野﨑慧嗣



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